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 紅葉が盛りを迎えた北海道にやって来ました。
 空路札幌にはいり乗り換えて小樽へ・・・。
 これまで幾度か訪れていたのですが気が付きませんでした。
 小樽に向かう途中の駅には、「星置(ほしおき)」「ほしみ」・・・満天の星空の輝きを思わせる素敵な駅名があったことに気付かされました。
 そんな発見に心を和ませながら、訪れた小樽地区保護司会の皆様は、やさしい笑顔で私を迎えて下さいました。
 そして明年、発足70年を迎える小樽地区保護司会の記念上映会として、「君の笑顔に会いたくて」の上映を決意して下さいました。
 ご相談はトントンと進み、仕事が早めに終わったので、小樽の山手の一角にある「小林多喜二文学碑」を訪れてみようと思いました。
 この碑は、1964年多喜二の同窓生が発起人となって募られた資金で、小樽を一望する山の一角に建立されたものでした。
 小林多喜二・・・秋田県で生まれ小樽に移り住み、その中で社会の諸問題と向かい合い、人の幸せに寄り添いながら、その短い生涯を駆け抜けるようにして熱く生きた文学者です。
 日本映画の名匠今井正監督の手で製作され、1974年公開となった映画「小林多喜二」は、私が以前勤務していた会社の配給によるものでした。
 小林多喜二の名前は、それまでにも知ってはいましたが、この作品の配給に誠実にあたるため全集を買い求め、それを読みながらこの仕事に向かっていったことを記憶しています。
 そして多喜二の、人に寄せた心のやさしさと、時代の矛盾を解くため、身を投じてそれにあたった情熱に、私の胸を熱くしたことも思い出したのでした。
 もはや晩秋を迎え、雪虫も飛び交い始めた小樽の山を、落葉を踏みしめながら一人歩き、過ぎ去った若かりし頃の自らとしばし向かい合ったのでした。
 そしてたどり着いた高台に建つこの碑は、大地に根を張った確かな存在感を語っていました。
 夕刻が忍び寄り始めた碑の前に立ち、思わず両の手を合わせた私でした。
 人の幸せに寄り添いながら、もうしばらくは私も努力を重ねる決意も込めて…。
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小林多喜二文学碑
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夕やみの迫る小樽運河


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 北海道紋別市・・・冬は流氷に覆われるオホーツク海に面した北の港町は、今桜の開花の時を迎えていました。

 3月に沖縄を訪れた時、那覇市は早咲きの桜で彩られていました。

 あれから2ヶ月をかけて、桜は日本列島を縦断した様です。

 「君の笑顔に会いたくて」はやっとその上映の動きを全国に展開し始めていました。

 そして、有難いことに北海道ではその動きに拍車がかかった様で、各地から上映のお声があがり、先週に引き続いての北海道出張となりました。

 ここ紋別は、ずい分以前に息子との思い出を刻んだ町でありました。

 数えれば今から24年前・・・我が息子が中学2年の年の夏休みに、思い立って北海道への自転車旅行を計画。

 フェリーで渡った苫小牧から稚内までの、7日間700kmにおよんだ旅の終盤に一泊したのがここ紋別でした。

 あの日、夕食に立ち寄った居酒屋のおやじさんは津軽出身の方・・・、東北仙台からの親子自転車旅行に大感激して下さり、やおら奥から三味線を出して津軽の歌の数々を披露・・・冷蔵庫からは、とっておきの〝トドの肉〟を出して私達に振る舞って下さったことを記憶しています。

 残念ながらこの店を見つけることは出来ませんでしたが、遠い思い出を振り返りながら、港町の小さな居酒屋のカウンターに身を委ねたのでした。

 あの日、中2の息子も今や1児の父親になり、私は年を重ね老人の域に足を踏み入れましたが、目の前に拡がる仕事は、私の旅の日々を更に前に向けている様です。

 明日は遠軽から士別、そして名寄・・・、桜の桃色と、淡い黄緑色の新緑が混じり合った鮮やかな北の大地を、「君の笑顔に会いたくて」を携えて、駆けて見ようと思うのです。


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紋別の高台から望む朝のオホーツク海

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 立春も過ぎて暦の上では春を迎えたと言うのに、日本列島には寒気団が居すわり、いつになく寒さの厳しい毎日が続いています。

 そんな折、更なる寒さを求めるように北海道を訪れていました。
 「君の笑顔に会いたくて」の全国上映の動きが始まっていましたが、この動きは北海道にも拡がり、すでに道内何ヶ所かでの上映準備がスタートし、この対応での北海道訪問でした。

 昨日は札幌から帯広、そして今日は釧路・・・とにかく寒い!
 美川憲一の「釧路の夜」に歌われる幣舞橋のかかる釧路川は、川面がすっかり凍結し、一面に氷の蓮の葉が拡がり、街の中はすっかり凍りついて道はさながらスケート場状態・・・。
 北の街は氷の街となっていました。
 それでも、開かれた試写会とその後の上映実行委員会には多くの方々が足を運んで下さり、映画の感動に頬を染めながら、ご参加者全員の思いで釧路での上映運動は、その成功に向けてスタートを切ることになったのでした。
 スローシネマ方式・・・つくずく手間のかかる上映運動だと思いますが、直接お訪ねし、作品に寄せる思いを語り、上映成功に向けた共感の輪をつなぐことが、上映成功への唯一の道であることを改めて実感して、札幌に向かう夜汽車に寒さにふるえる我が身をゆだねたのでした。
 明日は、訪れる石狩市での上映を必ずや拓こうと心に熱く願いながら・・・。

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凍結の釧路川


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