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 酷暑の連続にあえいでいたあの日もどこへやら、季節は確実に巡っていました。
 そして今日は立冬、暦の上では冬を迎えたこの日に、東北自動車道をたどって、弘前から八戸への出張に発ちました。
 仙台を出発して2時間ほど走って盛岡を過ぎた辺りに、これまでの単調な風景の東北道とは打って変わった私の好きなコースが姿を現します。
 <ナナカマドロード>と名付けられた50㎞ほどのコースです。
 秋になれば、路側に植えられたナナカマドの実が赤く色づいて季節の移り変わりを告げ、車窓の左側に突然現れる岩手山の圧倒的な存在感は、不思議に私の心を穏やかにさせてくれるのです。
 そして、前方に拡がる八幡平のたおやかな山並はもはや茶一色にその色を変えて私を迎えてくれました。
 掲げられた温度表示は3度を示し、ここ北の大地は晩秋から冬へと季節を進めていました。
 一昨日、甲府で開催された「荒野に希望の灯をともす」上映会には800名もの方々が足を運んで下さり、会場を包んだ観客の方々の熱気は、人と人とが支え合う社会の実現を熱く語っていました。
 認知症をテーマに豊かな<共生社会>を願う「オレンジ・ランプ」は、一歩一歩その上映の輪を全国へと拡げ始めました。
 季節の移り変わりを前にして、私もいつまでも立ち止まらず、前へと歩みをおこさなければ・・・。
 そんな思いに身をゆだねながら、いつの間にか車窓には津軽の象徴たる岩木山の秀麗な姿が現れていました。
 間もなく白一色に染まる北の地の、僅かな輝きの時を駆け巡った二日間の旅でした。
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ナナカマドロード

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満員の甲府「荒野」会場

 酷暑の夏も去り、足早にやって来た秋に色づいた山々を車窓にのぞみながら、名古屋から中央線をたどって松本へやって来ました。
 全国上映の輪を大きく拡げた「荒野に希望の灯をともす」の上映のお声はここ信州にも届き始めた様です。
 最初にお声が上がったのは松本市の方からでした。
 「あの日のオルガン」上映でお世話になったYさんは長年にわたってチェルノブイリの支援活動を続けて来られた方でした。
 意志の強さを思わせる瞳が印象的な聡明な女性・・・幸い「あの日のオルガン」に熱く心を寄せて下さりコロナ禍の困難な中でこの上映を実現して下さいました。
 彼女は中村哲さんともご親交があり、以前から松本での上映実現のお声を上げて下さっていました。
 そんなYさんのお声がつながったのは松本の隣町塩尻市でした。
 塩尻子ども劇場は今年で何と40年を数える、子どもたちの未来に向けた息の長い運動を展開してきた会でした。
 このリーダーはYさんとFさん・・・とてもお元気な、そして子どもたちに向けたやさしいお心を感じさせる方々でした。
 ここも初めてのお付き合いは「あの日のオルガン」、松本とご一緒にコロナ禍の中にもかかわらず丁寧な運動で上映を実現して下さった方々でした。
 「荒野に希望の灯をともす」上映実現に向けた松本のYさんの思いが塩尻のお二人に伝わるや、ここでも熱く上映の実現を決意して下さったのでした。
 そして、それなら更に他の地域にも声がけをしよう・・・こんなYさんFさんのお声は隣町茅野市に届き、ここでも即座に上映の決意が上げられたのでした。
 松本、塩尻、茅野の3箇所に拡がった上映の願いにご賛同の手を重ねて下さったのが、長野県の県紙、「信濃毎日新聞社」でした。
 今年松本で主催した講演会に「荒野に希望の灯をともす」の谷津監督をお呼びしたご縁もあって、三市におよんだ、本作の上映会の意義に熱くご賛同いただき、この上映に<共催>としてのご参加を決意して下さいました。
 そして、本日が3市と「信毎」の皆様が一堂に会してのスタートの会議の日、<映画「荒野に希望の灯をともす」3市連鎖上映会>と名付けられた上映は、中村哲さんがお亡くなりになって4年の節目を記念して、明年1月上映の大成功をめざしてスタートが切られたのでした。
 時代の閉塞感さえ感じさせられる現代社会に、この上映を通して人と人が支え合うこころを伝えようとした心やさしき人たちの願いは大きく響き合って、長野県の南部にその旗を掲げ、そして更に全県にも大きく拡がろうとしているのです。
 「荒野に希望の灯をともす」三市連鎖上映会_a0335202_17454674.jpg

# by cinema-tohoku | 2023-10-25 17:46 | 映画 | Comments(0)
 今、全国に上映の輪を大きく拡げている「荒野に希望の灯をともす」は、中村哲さんの足跡を描いた作品でした。
 この作品の上映が、かつてなかった程の巾の広い方々に支持されて多様な上映が展開されている背景には、中村哲さんが貫き通した“人と人とが支え合う心”への共感があったからだと思えるのです。
 そして、そんな中村哲さんの心の原点を見つめた時、見えて来たのが熱く人の道を説く彼を取り巻く人々の姿でした。
 中村哲さんの母方の祖父は玉井金五郎さん・・・明治の時代を北九州若松港で生きた人でした。
 当時の若松港は日本最大の石炭の積み出し港でした。
 当時この作業はまだ機械化されず、全て人力によって石炭は船に積み込まれ、この作業にあたる沢山の港湾労働者が居ました。
 彼らは当時、“ゴンゾウ”とさげすまれ、最低の労働条件の下で必死にその命をつないでいました。
 玉井金五郎は、こんな“ゴンゾウ”を取りまとめる玉井組の組長でした。
 金五郎はこんな底辺におかれた労働者の生活改善を願って、彼らのための「組合」の結成を決意しました。
 しかしながらこれに反対する側は、暴力も発動して金五郎の前に立ちふさがりました。
 生死の境もくぐり抜けながら、金五郎は“ゴンゾウ”の命と生活を守ったのでした。
 金五郎の妻、中村哲さんにとって祖母は、玉井マンさんという熱い心の女性でした。
 マンさんはよく孫たちを集めては、大好きなタバコを長いキセルで吸いながらこんな教えを語ったのでした。
 “身を捨てて皆のために尽くせ。弱い者をかばわんと世の中は成り立たん。”と・・・。
 そんな孫の中に幼い中村哲さんも居たのでした。
 そんな熱い祖父祖母の姿は、金五郎・マンさんの長男勝則(ペンネーム火野葦平)によって小説「花と龍」となって多くの方々の心も熱くさせました。
 北九州の熱い風を体いっぱいに受けながら、“人と人とが支え合う心”は、いつの間にか中村哲さんの胸に定着していったのだと思います。
 新自由主義にもとづく政治は、社会の中に大きな貧困と格差の拡大を生みました。
 そして、そんな政治からこぼれた人々を<自己責任>と称して切り捨てる主張がまかり通っています。
 それでも、“人と人とが支え合う心”を願う方々は、今大きな流れとなって、「荒野に希望の灯をともす」を全国に拡げようとしているのかも知れません。
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# by cinema-tohoku | 2023-10-11 14:41 | その他 | Comments(0)
 コロナが一段落したと思ったら、一気に仕事が動き出した様で、忙しい全国行脚の日が戻って来ました。
 中村哲さんの支援活動を描いた「荒野に希望の灯をともす」は、更にその上映の輪を大きく拡げていました。
 宮城県石巻市上映には1400名ののぼる方々にご参加いただき、12年前の被災地の市民の胸に熱く「命」を語る上映会となりました。
 福島県のトップを切った喜多方市の上映には、酷暑の中700名もの方々が足を運んで下さいました。
 東京では多彩な上映が各区市で展開され、都内での上映は既に12ヶ所にのぼりました。
 小さな喫茶店での2種間にわたった上映から、大きなホールを満席にした上映まで、多様な上映会の足跡は、中村さんの心にふさわしい上映展開なのかも知れません。
 そしてそんな折、新たな配給作品が決まりました。
 「オレンジ・ランプ」、認知症をテーマに、認知症の方々が変らずに地域の中で社会生活を営むことが出来る<共生社会>の素晴らしい可能性を描いた作品でした。
 これまで、いくつかの社会的なテーマを映画としてつくり上げ、その上映にあたっても、映画館のみによらない多様な上映を展開してきたYさんが、この作品を携えて私のもとを訪ねていらっしゃいました。
 作品を拝見して大きな感動を覚えました。
 これまで認知症は、絶望の象徴として語られてきたと思えるのです。
 認知症にかかればその先に完治の道はなく、家族の崩壊さえ予測されるものでもありました。
 しかしながらこの作品に描かれた認知症は、認知症をあきらめなくても良い・・・認知症の先に一筋の光さえ見える・・・そんな素晴らしい可能性を語ってくれたのでした。
 配給をお引き受けして、先ずはこの作品に最も近い組織として<認知症の人と家族の会>の各県支部にご面会して、上映への道を探ろうと動き始めました。
 一昨日仙台を発って滋賀、京都、昨日は奈良、大阪を回り、高知まで足を運んで来ました。
 3年におよんだコロナの時代・・・動きたくても全く仕事が無く、心さえふさぎ込んでいたあの時がまるで夢だったように、目の回る様な仕事の日が戻って来ました。
 でも、この間確実に年は3才重ねて・・・それでも社会に目をやるなら、その困難さに目がくらみそうにもさせられています。
 今は・・・授かった仕事に精一杯の努力を傾けたいものです。
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石巻上映には多くの方々が

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大阪から高知への空

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オレンジ・ランプ


# by cinema-tohoku | 2023-09-11 14:24 | 映画 | Comments(0)
 協同組合ジャパン・スローシネマ・ネットワーク(JSN)、映画の製作と全国上映を通して、より良い地域社会をつくり上げることを目的に私たちが立ち上げた組織が10歳を迎えました。
 10年前、組織の発足にあたって、その設立総会の会場に定めたのは仙台でした。
 東日本大震災の爪跡がいまだに残る仙台でその第一歩を踏み出すことで、私たちの進むべき道に「命の尊さ」を刻むことを願っての会場設定でした。
 そしてあれから10年の時が流れていました。
 この10年は数々の喜びと、そしていくつかの困難に彩られた道でした。
 心ならずも罪を犯した人たちが地域社会の中で立ち直ることを願う<更生保護のこころ>を描く映画「君の笑顔に会いたくて」は、原作者の故郷宮城県の心ある企業経営者のご賛同が拡がり2017年完成の日を迎えました。
 そしてそれに続く製作作品として私たちが製作にあたったのは「あの日のオルガン」でした。
 あの戦火の時代に、東京にあった保育園を埼玉の荒れ寺に疎開させて53人の幼い命を守った若き保母たちの史実を描き、今の時代に“子どもの命と平和”への願いを語ろうとしたこの作品は、製作にご賛同の手を重ねて下さった77名にのぼる「市民プロデューサー」の方々に支えられて2018年完成を迎えました。
 私たちJSNの手によって生を受けたこの2本の映画は、より良き地域社会と子どもの健やかな未来を願う全国多くの方々の手によってその上映は全国に拡がり、その一ヶ所一ヶ所に感動のドラマも刻んで来ました。
 しかしながら2020年2月、突然日本を襲ったコロナ禍がこの2本の作品の全国上映の前に大きな障害として立ちはだかったのでした。
 決っていた上映は全てが中止に追い込まれそれから3年、私たちは大きな困難に突き落とされることになったのでした。
 JSN加盟の10社は、収入の道を絶たれ、政府が発表する支援策にすがりながら無為に日を重ねて来ました。
 収入が途絶えたことだけでなく、仕事がないことがいかにつらいことか・・・、このことは私たちの心に大きな影となって投げかけられました。
 そんな3年間でしたが、よくも各社、心も折れずにこの間の時を重ねて、私たちは4年ぶりに対面での第10回定期総会の日を迎えることが出来たのでした。
 2日にわたった総会には、今全国公開中の「荒野」のプロデューサーと監督が、そしてこれから配給にあたる「オレンジ・ランプ」のプロデューサーとモデルの丹野さんにご参加いただき、未来に向けた展望は懇親会にも引き継がれ夜の更けるまで語り合いは続けられたのでした。
 現代の社会状況に目をやれば、横たわるのは困難を極めた問題点のみ・・・。
 さあ、立ち上がって、未来に輝く光を求めて歩みを起こしましょう・・・。
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