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 3月11日…今日は、東日本大震災から9年目の日です。
 あの日、東日本一帯に押し寄せた津波は、それまでそこにあった人々の当り前の生活の営みを不当にも奪って行きました。
 そして、その傷跡はいまだに被災地に深く刻まれています。
 9年が経っても…。
 何年経っても忘れることのできないこの日を、今年は暖かな日差しの仙台で迎えました。
 朝の散歩の折に耳にした鶯の初鳴き、庭の梅の花はほころび始め、季節は巡っておだやかな春の訪れを告げているというのに…。
 こんどは「コロナ」です…。
 本年6月までのすべての上映会が消えてしまい、いつ果てるとも知れない感染の拡大は、私たちの会社の未来にも大きな影を落としています。
 9年前にこうむった深い傷を、数々の努力でやっと埋め始めたかに思えたその時に見舞われたこの惨禍に暗澹たる思いにさせられています。
 昨日は、この対応も含めて、JSN理事会を開くこととなり、久しぶりの東京へ。
 東京行きの新幹線に乗って驚かされました。
 いつもはほとんど満席の車両に乗客の数は数えるほど…、そして着いた上野駅…
 これが上野駅?と思える程、駅のコンコースはガラガラ、「コロナ」のもたらした影響の深刻さにただただ驚くばかりでした。
 こんなつらい日々に、一寸の嬉しい便りも。
 「オルガン」の塩尻と北見からは、何とか上映をしたい思いで、会場をキャンセルせずに様子を見ることにしたとのお知らせ…。
 そして、6月上映を一旦キャンセルした弘前市からは、何としても上映をした‥…こんな思いで来年3月に会場を押さえた…とのお知らせが。
 再開上映第一号になりました。
 こんなお声に支えられながら、もうしばらく頑張ってみようと思っています。
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# by cinema-tohoku | 2020-03-13 14:07 | その他 | Comments(0)
 参りました!
 「コロナウィルス」が国中にまん延して、そのあおりを受けて映画の上映会の中止や延期が相次いでいます。
 私たちが心を込めて製作、そして全国上映運動に向けた努力を重ねていた作品は「あの日のオルガン」でした。
 この作品、完成後の作品のご評価はとても素晴らしいものでした。
 しかしながら、全国上映スタートの頃、その作品評が上映の拡大や、観客数に、必ずしもつながらずに苦慮していました。
 それでもあきらめずに一歩ずつの歩みを重ね、やっとその上映に光が差し込んで来たか、に見えました。
 宮城県石巻では、1300名の感動の上映会…東京北区でも、会場に入りきれない程の1100名の上映会…山梨県南アルプス市、長崎県南島原市・佐世保市、いずれもが1000名の上映・・・。
 この経験に学んで更に全国に…そう意気込んでいた矢先の出来事でした。
 イベント自粛の影響で、日増しにその状況は悪化、結果としては進行中の上映は全滅となってしまいました。
 私たちの「スローシネマ上映運動」は、長い時間をかけた、ていねいな運動の積み重ねの上に上映が実現します。
 その上映が一瞬のうちに消えてなくなる・・・まさに身を切られる様な無念な思いにさせられています。
 今から9年前、私たちは東日本大震災に遭遇しました。
 あの時、石巻を舞台に完成したばかりの映画「エクレール~お菓子放浪記」をかかえて私たちは、手もあてられない程の被災地の惨状を前に立ち尽くしていました。
 それでもそこから立ち上がり、ここまで歩んで来られたのは、あの被害が東日本一帯に限られていたこともありました。
 それに引き換えるならこの度は全国・・・。
 果たして、この先にどんな道が拡がっているのか…不安な思いの毎日です。
 それでも…この大流行がいつの日にかは終息することを願って・・・今はただ耐えてみようと思っています。
 9年前、あの日から耐え忍びながらここまで歩んで来たのですから。
「コロナ」_a0335202_15242971.jpg
映画「あの日のオルガン」より


# by cinema-tohoku | 2020-03-03 15:25 | 映画 | Comments(0)
 「あの日のオルガン」上映運動実現の願いを携えて、三日月滋賀県知事とご面会したのは、昨年の5月のことでした。
 幸い上映運動へのご賛同をいただき、それ以降丁寧に時間をかけながら準備をして来た、滋賀県での「オルガン」上映運動は、琵琶湖畔のまち東近江市からスタートを切ることになりました。
 昨日は、市のお呼びかけに応えて、約30人の市内各団体の代表の方々がお集まりになっての「あの日のオルガン」東近江市上映実行委員会発会総会が開かれ、市からご提案の2000名市民参加の上映運動を全員一致で決定、滋賀県全県上映運動はいよいよそのスタートを切ることになりました。
 そして明けて翌日は、南国宮古島へ・・・東京でこの映画をご覧になった、たった一人の女性の〝宮古島での上映を実現したい!〟・・・こんな願いが一歩一歩、市内にご賛同の輪を拡げて、この日は上映成功に向けた試写会でした。
 東近江では、冷たい風にコートの襟を立てていたのに、南の島はもはや初夏の装い、あざやかな色彩の花々が咲き、野の緑はその色を深めていました。
 ホテルに荷を解き、コートを置いての試写会場までの30分の道のりは、うっすらと汗ばむには充分な陽気でした。
 それにしても、「オルガン」の上映は、まことに多様な形で展開しています。
 行政が呼びかけてご賛同の団体でつくられる実行委員会…この映画を観て欲しい、その一点で個人が手を結んだ実行委員会…大学保育科の先生が呼びかけて、地域につくられた上映運動…国際ソロプチミストが主催した上映…。
 この作品が、こんなにも多様な方々の共感を得ているのは、子どもたちの健やかな未来が、それ程危機的な状況におかれていることの証左なのかも知れませんし、又この作品が、観る者の胸に子どもたちの命の輝きを語らずにはいられない…そんな反映なのかも知れません。
 全国に向けた上映が始まって一年…、「オルガン」はまもなくその上映を300ヶ所に拡げて、子どもの命と平和への願いを響かせています。
 ゆっくりと、時間をかけながら、人と人との心をつなぎながら…。
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沖縄の春を彩るハイビスカス


# by cinema-tohoku | 2020-02-06 17:46 | 映画 | Comments(0)
 松本から約15㎞、小さな、まるでおとぎの国の電車に乗って、山あいの終着駅新島々を訪れました。
 釜トンネルが開通するまでは、北アルプスの玄関口上高地へのルートは、島々から徳本峠を越えての道のり…数々の山岳紀行にも語られ、一度は訪れてみたいと思っていた駅でした。
 「オルガン」の長野県での仕事が相次ぎ、その狭間になった日曜日の空いた時間を利用しての新島々訪問には一つの目的がありました。
 新島々駅前にある一軒のカフェを訪れる…そんな目的でした。
 ことのきっかけは昨年末、「オルガン」の松本市上映のご希望が届けられ、それでは先ずもって映画をご覧いただくことから始めようと、松本を訪れた時のことでした。
 試写会が終わった後お食事の時に、この上映の中心メンバーのYさんから一冊のご本を頂戴しました。
 彼女の友人の方がお書きになった「ピアニストの兵隊さん」、そんな題のご本でした。
 帰路の列車の中で拝読して、心の中をさわやかな風が吹き抜けるような感動を覚えました。
 時代は「オルガン」と同じく、あの戦火の時代。
 あの厳しかった時を、一人の教師として子どもたちと向かい合いながら、精いっぱいの思いで、子どもたちを守り育てたのは、著者古畑博子さんの母上でした。
 ピアノを弾いて子どもたちと歌を歌うのが好きだった彼女が、戦後進駐してきた米兵とピアノの演奏を通して、その心を通わせ合った史実を描いたお話でした。
 あの戦火の時代、〝鬼畜米英〟の言葉で〝敵〟への恐怖心をあおり、戦争への道をひた走った日本でしたが、平和と音楽をそこに置いた時、人と人は国境を超え、信じあい、心を通わせ合えることを、このご本はやさしい語り口で私の胸に語って下さったのでした。
 そして、その著者古畑さんが新島々の駅前に小さなカフェを開いていることを知って、心暖まるご本をいただいたお礼をするべく訪れたのでした。
 古畑さんは予想通り、いっぱいの笑顔と、やさしいお言葉で私を迎えて下さいました。
 次の予定が迫り、ほんの短い時間のご面会でしたが、お店の名物、心づくしのカレーライスの美味しさも加わって、旅の連続で疲れた私の心に、いささかの栄養を注ぎ込んでいただいた時間となりました。
 きっと、国中のそこかしこにおいでの、こんな心やさしき方々の努力で、私たちの日本はかろうじて支えられているのかも知れない…。
 そんな思いを胸に、次の目的地伊那に向かったのでした。
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新島々のカフェ

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新島々駅

 明治初期、すさまじいばかりの女性への差別を乗り越えて、日本初の女医となった荻野吟子の生涯を描いた作品が完成しました。
 この作品の製作と監督を手掛けたのは、現代ぷろだくしょんの山田火砂子さん…、ご本人ご自身も戦後、数々の性差別を乗り越えて来た、何と御年88歳を数えるお方でした。
 私にとって山田監督は大先輩、勿論のこと以前から存じ上げていましたが、お仕事でご一緒したのは彼女の前作「母」の東北地区配給を担当したことが、初めてのお付き合いとなりました。
 幸い「母」は、民主主義の発展を願う多くの市民の方々と手をつないだ上映運動となり、その東北地区上映は、全国でも特筆される素晴らしい結果となりました。
 そして、「母」に引き続いて山田監督が製作された「一粒の麦」についても配給のご要請が届けられ、東京中野ゼロで行われた完成披露上映会で、私はこの作品と初めて向かい合うこととなったのでした。
 荻野吟子については、そのお名前を知る程の知識しかなかった私にとって、スクリーンに展開される、日本での根深いまでの女性差別の実態、そしてそれを乗り越えて、自らの信念でその道を拓いた荻野吟子の生き方は、主役を務めた若村麻由美の好演もあって、私の胸に深い感動となって伝わり、上映が終了した時には、この作品の配給を決意していました。
 男女共同参画の実現が語られながら、日本での女性の社会的地位は、いまだに低いままに置かれていましたが、その中でも医学界では、はなはだしい実態…。
 日本での女性医師の割合は、OECD加盟国中何と最下位の20%、…まだ記憶に新しい医科大学への入学試験での女性差別の現実…。
 この作品は、こんな時代にありながら、日本初の女性医師を目指した荻野吟子の生き様が、観る者に強烈な印象を与える作品となりました。
 先日、現代ぷろだくしょんを訪れ、山田監督とお会いして参りました。
 山田さんは、大ヒットのうちに上映をスタートさせた本作の動きを、満面の笑顔で語りながら、次の作品は、本格的に性差別と向かい合った作品をつくりあげる…と、熱く次回作の構想まで語って下さいました。
 女性は強い!
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©現代ぷろだくしょん   映画「一粒の麦-荻野吟子の生涯」

# by cinema-tohoku | 2020-01-24 16:18 | 映画 | Comments(0)