年も押し詰まり、今年も残すところあと5日となってしまいました。

 浦和駅前の喫茶店で手帳をくくりながらこの一年を振り返っていますが、時の流れのあまりの早さに改めて驚かされています。

 こんな早さで時が過ぎて行ったなら…明年70歳を迎えることになる私にとって、この時の流れの早さは、いささか残酷なものとしても実感させられているのです。

 昨日は、長野市保護司会をお訪ねして参りました。

 長野市保護司会があるサポートセンターは、善光寺の裏手にありまして、久し振りに善光寺を訪ねることにもなりました。

 善光寺・・・日本で仏教が諸派に分かれる以前からの寺院で、宗派の別なく宿願が可能な霊場として位置づけられてきた天下の名刹です。

 江戸時代には「一生に一度は善光寺詣り」とも言われ、時代をこえて庶民の信仰を集めて来ました。

 長野市の中心部に位置し、本堂に続く長い参道には数々の店が軒を連ね、長野県の一大観光スポットとしても全国にその名を知られて来ました。

 以前、「じんじん」の全国配給を担当していた時はJSN発足の直前でした。

 ご賛同のいくつかの配給社と配給ネットワークをつくり全国配給に取組んだのでしたが、このネットから外れた空白県がいくつかありました。

 その一つが長野県でした。

 致し方なく、この空白県は私が担当し配給にあたることになりました。

 幸い、長野県ではこの作品を熱く受け止めていただき、上映の輪は県内に大きく拡がって行き、それと平行して私も幾度も長野県を訪れることになりました。

 そして、長野市に宿泊するときは、格段の予定がなければ、早朝に起きて善光寺へお参りをすることがいつの間にか習慣になっていました。

 早朝の、まだ人の姿もほとんど見られない時間帯に、参道を歩いて善光寺をお参りする時、不思議に心安らぐ思いにさせられたものでした。

久し振りに訪れた年末の善光寺は、境内には珍しく人の姿も少なく、昨日まで荒れていた天候も一転して晴天となり、とてもおだやかな姿で私に接して下さいました。

 両の手を合わせ、仏様に今年一年の無事を報告し、来年の一層の努力を誓ったのでした。

 明年は、あの大震災から数えて7年目を迎える年ともなります。

 来たる年が、皆様方にとっても、そして歯を食いしばってあの大惨禍からの再建の努力を重ねて来たシネマとうほくにとっても、幸多い年となることを願わずには居られません。

 本年の数々のご助力を心から感謝致します。

 来年もよろしくお願い申し上げます。


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年末の穏やかな善光寺
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参道には人の姿もまばら




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 早いもので今日を過ぎると季節はもはや師走・・・残された僅かな時間に追いたてられる様にして全国を巡る旅を続けていました。

 先週は、広島、岡山、大阪、京都、金沢と西日本を回り、昨日は青森県三沢から盛岡を・・・そして今日は、信州を訪れていました。
 長野県佐久市の市議会議員の方から「君の笑顔に会いたくて」上映についてのご希望が届けられ、その方とお会いするべく、小諸から小海線に乗って佐久市を訪れたのでした。
 車窓から望む冬枯れの野に、取り残された柿の実が、あざやかな橙色を飾っています。
 小海線・・・信州小諸から甲州小淵沢までの79kmを結ぶ高原鉄道・・・路線の西には広い裾野を拡げた八ヶ岳が望まれ、おだやかな山里の風情が拡がる心なごむ鉄道です。
 小海線に乗ると、不思議になつかしい思いにさせられるのは、学生時代に八ヶ岳に幾度も登って来たからなのかも知れません。
 大学一年の夏、秋田県出身の友人と初めての登山を決意して訪れたのが八ヶ岳でした。
 それまでは、近辺の里山しか知らなかった私にとって、3000m近いこの山は、いささかの冒険でもありましたが、23日の山旅で最高峰赤岳の頂上に立ったときの達成感は、その後の私を、山登りにいざなう大きな契機になったのでした。
 東京から比較的近い距離にあるこの山には、その後も幾度か、季節も問わず訪れたのでした。
 あれからもはや50年近い時間が流れていました・・・。
 年を重ねた私は、それでも未だに、より高い高みをめざして登り続けているのかも知れません・・・人の世の幸せを願って・・・。
 久し振りの小海線の、かつてのそれとは違って装いを新たにした車両に身をゆだねて、しばらくの間心安らかに来し方を振り返ったのでした・・・。
 もうしばらくは登り続けて見ようと自らに誓って・・・。
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小海線のホーム


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 「おおきくなぁれ」(仮題)を支えて下さる方をお訪ねする旅が続いていました。

 今日は、南アルプス市で民間の保育所を営むFさんとのご面会を求めて山梨県を訪れました。

 一日中降り続いた昨日の雨がまるで嘘の様に、すっかり晴れ渡った青空を背景に、南アルプス、富士山、そして八ヶ岳の山々がその山頂を白く染めた姿で私を迎えてくれました。

 以前のブログにも触れましたが、Fさんは保育園で園長さんをつとめる奥さまとご一緒に「じんじん」の見事な上映をつくりあげていただいた方・・・。

 それ以来何度かお会いして親交を深めていたお方でした。

 Fさんならきっと「おおきくなぁれ」(仮題)の製作にご賛同いただける・・・。

 そんな思いを携えての再会でした。

 ごぶさたのお詫びを申し上げながら語り始めた「疎開保育園」の史実に・・・あの過酷だった戦火の時代に、それでも必死の思いで子どもたちの命を守り抜いた若き保母たちの心に…保母を信頼して、精いっぱいの思いでその未来に向けて生きて行こうとした子どもたちの姿に・・・語るうちにFさんの目はまっ赤に染まり、私が話し終えるや、市民プロデューサーに参加させて下さい・・Fさんは力強く私に伝えて下さいました。

 いささかの不安な思いも胸の片隅にかかえながらスタートした市民プロデューサーの製作運動でしたが、思いもよらない熱い反響がその数を既に目標の50%を超えるところにまで拡げて来たのは、今この作品を全国の方々の胸にお届けすることがいかに大切なことか・・・この思いが届いたからなのかも知れません。

 これからたどる道への、小さな確信も胸に抱きながら、信州松本での「君の笑顔に会いたくて」準備会に参加し、4日間の旅を終えたのでした。

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車窓から望む南アルプス_

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遠くに雪をかぶった北アルプス



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# by cinema-tohoku | 2017-11-01 14:34 | Comments(0)

海老名香葉子さん・・・故・林家三平さんの妻であり、三平さん亡きあとは林家一門を支え、数々の落語家を育てたお方、〝おかみさん〟と親しまれ、日本の母親のイメージを代表するお一人でもあります。

 昨日、台東区根岸にあるご自宅をお訪ねし、久しぶりのご面会のお時間をいただいたのは、現在製作準備中の「おおきくなぁれ」(仮題)にお力をお借りしたいと思ったからでした。

 1945310日・・・あの日海老名さんは、疎開先の沼津から赤く染まる東京の空を見つめていました。

 一夜にして10万人の命を奪った東京大空襲の業火は、海老名さんのご家族にもその手をかけ、彼女は戦後を孤児として生きることを強いられたのでした。

 幸い、故三平さんと出会い家庭を持ち、幸せな生活を送っていましたが、東京大空襲の犠牲者への祈りと、平和への願いがその胸から消えることはありませんでした。

 私が海老名さんとお会いしたのは、彼女の著作「あしたげんきになーれ」がアニメ映画化され、その全国配給を担当したことからでした。

 ご高齢のお体をおして、全国キャンペーンにお付き合いいただき、彼女は行く先々で、心を込めた平和への願いを語って下さいました。

 その後、海老名さんは私費を投じて、上野公園の一角に東京大空襲の犠牲者の慰霊碑を建立され、毎年39日にその前で慰霊祭を開かれてからは、私も毎年参加させていただいておりました。

 久し振りにお会いした海老名さんは、両頬に愛らしいエクボをたたえて、満面の笑顔で私を迎えて下さいました。

 84才におなりになりながらも、平和への熱い願いを持ち続けて来られた海老名さんは、私の語る「おおきくなぁれ」(仮題)の思いに全面的なご支援を約束して下さいました。

 一歩ずつ、まさに一歩ずつ歩みを進めながら、一本の映画は、こんなやさしい方々のお手に支えられてその魂を吹き込まれて行くことを実感し、胸を暖かい思いでいっぱいにしながら東京下町を後にしたのでした。

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おかみさんとご一緒に


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# by cinema-tohoku | 2017-10-31 11:06 | 映画 | Comments(0)

 「君の笑顔に会いたくて」上映の輪が着々と全国へ拡がっていました。

 この拡大の最大の要因は、この映画を通して子どもたちの輝く未来を語ることにご賛同いただいた方々が、心やさしきご支援の手を重ねて下さったことでした。

 そのお一人に宮城県選出衆議院議員 西村明宏さんがいらっしゃいました。

 西村さんは、その選挙地盤が、宮城県名取市を中心としたエリア、以前から原作者の大沼さんとはご交流を重ねていたこともあり、この作品に全面的なご支援をお寄せいただいていました。

 その西村さんのご尽力で、上川法務大臣への表敬訪問が実現したのでした。

 西村さんのご案内で訪れた原作者大沼さんと私を、上川大臣は皇居を望む眺望抜群の大臣室で、満面の笑顔で迎えて下さいました。

 私は、以前 上川大臣とご面識がありました。

 「じんじん」全国上映の折、当時の新藤総務大臣が作品をご覧になり大感激・・・。

 結果、総務省としてこの作品に異例なご支援をいただき、全国上映成功の大きな力となりましたが、上川大臣(静岡県選出)は当時総務副大臣をおつとめでした。

 静岡市での「じんじん」上映の折、実行委員会のメンバーに上川大臣のご友人がおいでで、この方に総務省のご支援の件をお話したところ、すぐに上川総務副大臣(当時)に、ご連絡をとって下さり、ご多忙なお時間を割いて静岡上映の折「じんじん」をご覧いただき、その後短時間でしたがお話をさせていただいたことがございました。

 大臣とのごあいさつの折に、その件をお話しましたところ、幸い覚えておいでで、大変喜んで下さいました。

そして、改めてお話申し上げました「君の笑顔に会いたくて」が語るものに、ご賛同いただき、法務省としての更なるご支援をお約束して下さいました。

こんなにも沢山の方々のお手に支えられながら成長している「君の笑顔に会いたくて」・・・この映画はとても幸せな作品なのかも知れません。

そして、その要因は、この作品が語るものが今、かけがえなく大切なものであることに多くの方々が気付かれたからなのかも知れません。

この輪を、もっともっと大きく育てて行きたいものです。

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西村議員、上川大臣、大沼さんとご一緒に


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# by cinema-tohoku | 2017-10-03 16:55 | 映画 | Comments(0)