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 母なる湖琵琶湖を、その県の中央にかかえる滋賀県に、「あの日のオルガン」の全県上映成功への旗が掲げられようとしています。
 きっかけは、参議院議員会館で開催された、国会議員さんに向けた試写会からでした。
 この試写会の中心になって、その実現にご尽力いただいた参議院議員Aさんから、上映後、感激した・・・上映の成功に協力したい・・・、こんな有難いお申し出をお受けして、つないでいただいたのが滋賀県知事でした。
 「あの日のオルガン」で主役をつとめ、力強い疎開保育園の主任保母役を演じていただいた戸田恵梨香さんが、9月から放送のNHK朝ドラの主役に決定し、このドラマの舞台が滋賀県であったご縁をたどっての、ご紹介のお願いでした。
 お会いした三日月知事は、若々しい笑顔で私を迎えて下さり、子どもの命と向かい合い、子どもたちの健やかな未来を願う、この作品のこころに大きくご賛同いただきました。
 そして、先ずもって、ご自身と県内の関係団体の方々にご覧いただくことから、その一歩を・・・とのご意向を語られて、6月26日の滋賀県初の試写会と相成ったのでした。
 当日は、知事を始めとした県庁関係者、県内の首長様、保育関係者、遺族会・・・等、70名程の方々にご参加いただき、私の冒頭のあいさつで上映はスタートしました。
 ご参加の皆様は、ドラマの進行を身じろぎもせずに見入って下さり、東京大空襲以降は、会場のそこここに、涙をぬぐうお姿が見られ、上映終了後は満場の拍手でこの作品に応えて下さいました。
 最後のごあいさつに立たれた三日月知事は、5月に大津市で起きた保育園児を巻き込んだ悲惨な事故にも触れながら、〝この映画の全県上映を通して、広く県民の心に、子どもの命を語って行きたい・・・〟と、ご決意も語って下さいました。
 近江の地に、〝子どもの命と平和〟を願う旗は、まもなく高らかにたなびきそうです。
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三日月知事のごあいさつ


 こんな名前の団体があることをご存知ですか。
 故、日野原重明先生が呼びかけられて発足した組織で、知的で生き生きとしたシニアをめざそう、との願いで全国に拡がった組織です。
 こんな素晴らしい理念を掲げて活動を続けて来た「新老人の会宮城」の方から、「あの日のオルガン」について会員の前で話して欲しい、とのご要請を受けました。
 仙台の映画館でご覧になった会員の方からのご希望だった、とのお話でした。
 人様の前でお話をすることは、私の本業ではありませんでしたので、いささかの躊躇はございましたが、熱いご依頼を受けては、もはやお断りをすることも出来ず、お引き受けしてのぞんだ当日でした。
 会場には、各方面でご経験を積んで来られたことを推測させる、30数名の方々においでいただき、一時間を超える私の話にお耳を傾けて下さいました。
 話の終了後、会場の方々からは、〝情熱たっぷりの話に感動した・・・。〟〝一本の映画をつくるのに、沢山の人の手が合わさっていることが良く分かった・・・。〟など、過分な評価のご発言もいただき、ホッと胸をなでおろした私でありました。
 会の始まる前にお聞きしましたら、新老人の会宮城会員の平均年齢は80歳とのこと。
 年を重ねても、知的な好奇心を旺盛にして、社会に向けてその持てる経験とおとろえない力量を発揮し続ける会員の方々の生き方に、私が学ばせていただいた一日でもありました。
 年も70年を数え、肉体的な衰えを実感しながら、仕事に向かい合う私にとって、諸先輩達のこんな生き方は、とても刺激的なものでもありました。
 42年来の思いが叶って、又多くの方々の暖かい手に支えられて、この世に生を授かった「あの日のオルガン」、全国に向けて上映運動の働きかけを続けていましたが、思いのほか苦戦中でありました。
 それでも、この作品はかけがえのない我が子・・・ていねいに、時間もかけながら、その個性も見極めながら育てて見よう・・・、この作品をご覧になった方々のご評価は圧倒的なものですから・・・。
 そんな思いも胸に刻みながら、帰路についた私でありました。
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# by cinema-tohoku | 2019-07-01 10:02 | 映画 | Comments(0)
長年の友人が、華やかな新緑とさわやかな5月の風に送られながら、永遠の旅に発ちました。
まるで弟の様だったH君・・・まだ62年の命でした・・・。
巡り合いは、1973年にさかのぼります。
あの頃、私が勤務していた共同映画の仙台事務所には、何人かの高校生たちが出入りしていました。
そんな折、私たちが配給することになった映画「青春狂詩曲」がありました。
埼玉県の高校を舞台に、自らの輝く未来に向けて、友と手を携え成長しようとする高校生の姿を生き生きと描いた作品でした。
このシナリオを、当時出入りしていた高校生T君が手に取ったことが全ての始まりとなりました。
真剣な表情で読み終えたT君は、〝この映画を俺たちに上映させてくれ〟と語ったのでした。
この申し出を受け止め私たちは、T君と上映運動の仲間づくりに着手しました。
そして、事務所に現れたのがH君でした。
整った顔立ちと細身の体・・・やさしく、シャイな彼はたちまちのうちに中心メンバーとなりました。
それ以降、事務所に集まる高校生の数は、加速度的に拡大・・・夕方になると、私たちの事務所の空間は、学校を越えた高校生で埋まり、まさに立錐の余地のない状態となってしまいました。
そして当然ながら、そこには若者たちの恋や悩み、そしていくつかのぶつかり合いもありました。
そんな一つ一つの出来事に、笑みを絶やさずに、常に人に寄り添いながら運動を育てる中心に居たのがH君でした。
誠実な彼の姿は、高校生たちの深い信頼もかちとり、私たちの事務所に出入りする大人たちのグループの皆から可愛がられる存在ともなっていました。
高校卒業後、大学に進学し、就職した会社でも頭角をあらわし、会社の役員ともなり、会社を引っぱる、名実ともその先頭に立っていました。
そんなH君を、肺癌の病魔が襲いました。
見つかった頃には末期ガンとの宣告も受け・・・それでも彼は病との戦いを放棄することはありませんでした。
愛する家族にむくいるため、そして自らの命をもう一度きらめかせるために・・・。
その病との闘いは何と3年7か月におよんだのでした。
彼の旅発ちの2日前に見舞った私を、彼は精いっぱいのやさしい笑顔で迎えてくれました。
もはや、会話を交わすこともつらかったにもかかわらず・・・。
そして、別れる時、私の手を握り〝暖かいな〟と語ってくれた一言が最後の別れの言葉となりました。
ひたすらに人を愛し、信じ、一人の人間として誠実に生き抜いたH君の一生に心からの合掌・・・。
あなたが人生をかけて語り続けた〝人へのやさしさ〟はしっかりと受け継いでいきます。
さようなら・・・。
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# by cinema-tohoku | 2019-05-21 09:47 | 映画 | Comments(1)
 桜のつぼみもまだ固い北海道から一転、まるで夏の風情の沖縄を訪れました。
 「君の笑顔に会いたくて」の全国上映に対して昨年12月、山下法務大臣からの感謝状を頂戴しました。
 その折、ご一緒した吉本興業の社長とのご縁で、吉本興業が毎年沖縄で開催している沖縄国際映画祭への作品の出品を求められての沖縄訪問でした。
 吉本興業は、〝お笑い〟のクリエーターとしてのお仕事を展開するかたわら、社会貢献の一環として、法務省が主唱する「社会を明るくする運動」にも、全面的なご協力をされて来ていました。
 そんな吉本興業とシネマとうほくが、法務大臣からの感謝状をいただくご縁をつないでの、この度の出品となったのでした。
 この映画祭には、お招きがあって、私の他に主演の洞口さん、そして法務省保護局長を始めとした関係の方々もご参加、那覇市の桜坂劇場での舞台あいさつにのぞみました。
 幸い、劇場は満席となり、スクリーンに展開する更生保護を語るドラマに、参加者の方々は涙をふきながら胸を熱くして下さいました。
 そして上映終了後は、那覇市メインストリートの国際通りを通行止めにして、赤い絨毯を敷き、何とレッドカーペットのウォークと相成ったのでした。
 心配された天候も回復し、南国のあざやかな光が降り注ぐ青空のもと、人生初体験のレッドカーペットの歩行は・・・多くの方々に見つめられながら・・・嬉し恥ずかし・・・・・とにかく無事に終了したのでした。
 そして、映画祭での私のスケジュールが終了するや、関係者の方々にお別れを告げて宮古島へ・・・。
 東京で「あの日のオルガン」をご覧になった一人の女性から、感激した・・・宮古島で上映をしたい・・・、とのお話が届けられ、それにお応えしての訪問でした。
 空港ターミナルの喫茶店で初めてお会いしたTさんは、熱い思いで上映実現への夢を語って下さいました。
 一歩ずつ、とてもスローな歩みを重ねながら、私たちが手がけた作品は、多くの方々の胸に伝わって行くことを実感した南の地への訪問でした。
 それでも・・・いささか・・・疲れました。
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宮古島のビーチ

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那覇でのレッドカーペット



# by cinema-tohoku | 2019-04-23 14:47 | 映画 | Comments(0)
 節約の思いで、閑散期をねらって片道5200円のピーチでの久し振りの北の大地です。
 仙台は、桜の満開を迎えていましたが、訪れた北の地の桜の開花はまだ遠く、吹く風も冷たく感じられています。
 更生保護の心を語るべく製作した「君の笑顔に会いたくて」も、その上映をスタートしてから間もなく2年を迎えます。
 この間、各地保護司会の方々を中心とした上映の輪は全国に拡がり、その数は既に170ヶ所を数えるまでに育って参りました。
 そして迎えた本年度、更生保護が制度化されてから70年の周年の年・・・法務省ともご相談を重ねて、この周年に向けて更に上映の輪を拡げようと、チラシもリニューアル、そして上映の仕組みにも一考を加えて、全国へのお呼びかけを始めたところでした。
 今回の北海道への訪問は、「あの日のオルガン」の上映基盤づくりに加えて、「君の笑顔に会いたくて」の上映促進を願ってのことでした。
 北海道での「君の笑顔に会いたくて」の上映は、ここに至るまでに大きな拡がりを道内につくって下さっていました。
 ホール上映では、仙台に続いて全国第2位の観客数となった旭川市、市と保護司会が手をつないで見事な上映となった釧路市、そして社会を明るくする運動の一環として取り組んだ北見市・・・その上映は既に道内10ヶ所を数え、その一ヵ所一ヵ所に、心通う地域社会を願った主催者が織り成した数々のドラマがありました。
 空港から先ずもって訪れた室蘭保護司会の皆様方は、私の携えた願いに熱い共感の思いを重ねて下さいました。
 担当エリアが大きく拡がり、なかなかていねいな手当てが出来ないもどかしさを抱えながらのこの度の北の地へのご訪問・・・やっと天候も回復した青空のもと、今日は旭川まで足をのばして見るつもりです。
 人と人とが心を交わせ合い、子どもたちがその未来に向けて希望を語りながら成長することの出来る社会を願いながら・・・。
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「君の笑顔に会いたくて」更生保護制度70周年チラシ

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北大のポプラ並木

# by cinema-tohoku | 2019-04-17 16:47 | 映画 | Comments(0)