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 伊集院静さん原作の、15年ぶりとなる一本の映画が完成しました。
 「駅までの道をおしえて」、愛犬を失った8歳の少女と、若い頃に最愛の息子を失った老人・・・、その死を受け入れることが出来ない二人が、ひたすたに命の輝きを求めようとする物語です。
 10月から劇場で公開されるこの作品の劇場上映後の配給について、製作者からのご相談が持ち込まれ、足を運んだ現像所での初号試写会でした。
 会場が暗転して、スクリーンに映画が映し出されるや・・・冒頭から驚きでした。
 この作品と向かい合った監督は、揺れ動く少女の心情を、アップのそして長回しのカメラワークで追って行くのです。
 そして、この作品で8歳ながら堂々たる主役をつとめた新津ちせちゃんは、この監督の思いに見事な演技で応えたのでした。
 ドラマが進行するにつれ、少女の悲しみは私の胸にもしみ込む様に伝わり、思わず胸が熱くなるのを禁じ得ませんでした。
 〝子役〟に感じさせられるいわゆる〝あざとさ〟は全くなく、一貫してピュアな姿勢でこの役に向かい合うちせちゃんに、まさに脱帽でありました。
 見終わった私の胸には〝命のきらめき〟そして〝死をおそれずに受け入れる〟・・・そんな思いがスクリーンから手渡されたのでした。
 人の命が、まるで鴻毛よりも軽くもて遊ばれ、目をおおう様な出来事が日々報じられる現代社会に、この作品は、きらめくばかりの〝命の輝き〟を伝える作品として、際立って今日的な意義もはらみながら生まれたのだと思えるのです。
 ちなみに、新津ちせちゃんは、アニメ監督新海誠さんの愛娘・・・この才能はやはり親ゆずりのものなのかも・・・。
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伊集院 静「駅までの道をおしえて」


by cinema-tohoku | 2019-07-17 15:37 | 映画 | Comments(0)
 心安らぐ北の街盛岡・・・私を生み育てた故郷です。
 仙台まで、新幹線に乗るなら45分、泊ることはほとんどなかったのでしたが、昨日の夜の予定が急に変更になって、そのまま盛岡の宿泊を決め、思いたって市内で書店を営む中学校の同級生に連絡をして、これも中学の同級生がやっている居酒屋で久し振りの旧交を温めました。
 昭和23年に盛岡に生まれた私でしたが、父親の転勤でその後、函館、東京と転校を重ねて、盛岡に戻って来たのは中学2年の時でした。
 すっかり東京の少年の風情となっていた私にとって、久し振りの故郷は驚きの連続でした。
 街の真ん中を馬車が堂々と通り、道路には馬糞が・・・入学した下小路中学のクラスに身をおいて、クラスメイトの会話に耳を傾けて・・・困った!言葉が分からないのです。
 そして、クラスで目立った女子生徒の口からは、自らのことを“俺は・・・〟。
 何とも大変なところに来てしまったと思いながらも、いつの間にか盛岡の少年に変身していたのでした。
 それから高校の卒業まで、私を見守った盛岡の街は、壁にぶちあたったその都度に、私の心を支えた癒しの街でした。
 幸い空襲の被害をこうむることのなかった古い街並み、街の中心を流れる清流、石川啄木が振りあおいだ城跡、遠くに望む秀峰岩手山・・・。
 通りすぎた風景としてのそれだけではなく、私の人格形成にもこの街は大きな影響を与えた様にも思えるのです。
 中学の同級生が営む居酒屋は、300年をこえる歴史の盛岡八幡宮への参道からはいった横道にあります。
 聞けばもはや40年続けて来たという店のカウンターに、55年前の中学生が3人・・・。
 満開に咲いた昔話に夜は更けて行ったのでした。
 明けた今日は、10月から盛岡ルミエールで公開が決った「あの日のオルガン」上映成功への支援団体回りです。
 久し振りの故郷と友に心癒され・・・さあ出発しますか・・・。
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街を流れる中津川


 母なる湖琵琶湖を、その県の中央にかかえる滋賀県に、「あの日のオルガン」の全県上映成功への旗が掲げられようとしています。
 きっかけは、参議院議員会館で開催された、国会議員さんに向けた試写会からでした。
 この試写会の中心になって、その実現にご尽力いただいた参議院議員Aさんから、上映後、感激した・・・上映の成功に協力したい・・・、こんな有難いお申し出をお受けして、つないでいただいたのが滋賀県知事でした。
 「あの日のオルガン」で主役をつとめ、力強い疎開保育園の主任保母役を演じていただいた戸田恵梨香さんが、9月から放送のNHK朝ドラの主役に決定し、このドラマの舞台が滋賀県であったご縁をたどっての、ご紹介のお願いでした。
 お会いした三日月知事は、若々しい笑顔で私を迎えて下さり、子どもの命と向かい合い、子どもたちの健やかな未来を願う、この作品のこころに大きくご賛同いただきました。
 そして、先ずもって、ご自身と県内の関係団体の方々にご覧いただくことから、その一歩を・・・とのご意向を語られて、6月26日の滋賀県初の試写会と相成ったのでした。
 当日は、知事を始めとした県庁関係者、県内の首長様、保育関係者、遺族会・・・等、70名程の方々にご参加いただき、私の冒頭のあいさつで上映はスタートしました。
 ご参加の皆様は、ドラマの進行を身じろぎもせずに見入って下さり、東京大空襲以降は、会場のそこここに、涙をぬぐうお姿が見られ、上映終了後は満場の拍手でこの作品に応えて下さいました。
 最後のごあいさつに立たれた三日月知事は、5月に大津市で起きた保育園児を巻き込んだ悲惨な事故にも触れながら、〝この映画の全県上映を通して、広く県民の心に、子どもの命を語って行きたい・・・〟と、ご決意も語って下さいました。
 近江の地に、〝子どもの命と平和〟を願う旗は、まもなく高らかにたなびきそうです。
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三日月知事のごあいさつ


 こんな名前の団体があることをご存知ですか。
 故、日野原重明先生が呼びかけられて発足した組織で、知的で生き生きとしたシニアをめざそう、との願いで全国に拡がった組織です。
 こんな素晴らしい理念を掲げて活動を続けて来た「新老人の会宮城」の方から、「あの日のオルガン」について会員の前で話して欲しい、とのご要請を受けました。
 仙台の映画館でご覧になった会員の方からのご希望だった、とのお話でした。
 人様の前でお話をすることは、私の本業ではありませんでしたので、いささかの躊躇はございましたが、熱いご依頼を受けては、もはやお断りをすることも出来ず、お引き受けしてのぞんだ当日でした。
 会場には、各方面でご経験を積んで来られたことを推測させる、30数名の方々においでいただき、一時間を超える私の話にお耳を傾けて下さいました。
 話の終了後、会場の方々からは、〝情熱たっぷりの話に感動した・・・。〟〝一本の映画をつくるのに、沢山の人の手が合わさっていることが良く分かった・・・。〟など、過分な評価のご発言もいただき、ホッと胸をなでおろした私でありました。
 会の始まる前にお聞きしましたら、新老人の会宮城会員の平均年齢は80歳とのこと。
 年を重ねても、知的な好奇心を旺盛にして、社会に向けてその持てる経験とおとろえない力量を発揮し続ける会員の方々の生き方に、私が学ばせていただいた一日でもありました。
 年も70年を数え、肉体的な衰えを実感しながら、仕事に向かい合う私にとって、諸先輩達のこんな生き方は、とても刺激的なものでもありました。
 42年来の思いが叶って、又多くの方々の暖かい手に支えられて、この世に生を授かった「あの日のオルガン」、全国に向けて上映運動の働きかけを続けていましたが、思いのほか苦戦中でありました。
 それでも、この作品はかけがえのない我が子・・・ていねいに、時間もかけながら、その個性も見極めながら育てて見よう・・・、この作品をご覧になった方々のご評価は圧倒的なものですから・・・。
 そんな思いも胸に刻みながら、帰路についた私でありました。
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by cinema-tohoku | 2019-07-01 10:02 | 映画 | Comments(0)