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 訪れた九州は、もはや春の風情でした。
 梅の紅色と、菜の花の黄色に彩られた宮崎県を巡って、今日の朝は熊本で迎えました。
 「あの日のオルガン」がたどるべき道がやっと見えて来た思いです。
 各県毎にていねいに作品に込めた私たちの思いを語って、その輪を全国につなぐ旅は、佳境に入って来た様です。
 「エクレール~お菓子放浪記」の折、熊本には何度か訪れていました。
 熊本市に泊って、朝時間のある時には、朝の空気を胸に、熊本城を訪れることも楽しみにしていました。
 加藤清正ゆかりの、国の重要文化財にも指定された、まさに天下の名城です。
 訪れる度に、天を衝くが如き天守閣の姿に、ほれぼれする思いで見入っていたものでした。
 そして、あれから7年・・・。
 久し振りに訪れた熊本城は見るも無残な姿に変っていました。
 2016年に発生した熊本地震は、熊本県と大分県に甚大な被害を与え、この被害は熊本城にも及んでいたのでした。
 美しい曲線を描いていた石垣はそこかしこで崩れ、天守閣は巨大な修理のクレーンに囲まれて、城はかつてのりりしい姿を取り戻す必死の努力を重ねていました。
 それでも街には活気が戻り、その未来に向けて確実な歩みを踏み出していることに、人の限りない生命力も感じながらの、熊本の朝の散歩でした。
 人の生活の営みを取り戻し始めた熊本県に向けて、人の命の尊さを語る「あの日のオルガン」をしっかりとお届けしたい・・・。
 今日も、精一杯の努力を我が胸に誓っての出発です。
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 1月が駆け抜ける様にして去って行った2月4日、時ならぬ暖かさに包まれた東京で「あの日のオルガン」初の一般へのご披露となった、「プレミア上映会」が開かれました。
 会場となった、東京有楽町の丸の内ピカデリーには、開始前から待ちわびた観客の波・・・、600席を満席に埋めた華やかな雰囲気で開会となりました。
 この映画企画が最初に語られてから42年、私たちが再度の映画化に立ち上がってからも5年の時間が流れていました。
 今の時代に〝子どもの命と平和〟を語ろうとした私たちの願いは、いよいよそのスタートラインに立つことになったのでした。
 初のお披露目の舞台には、この映画で若き保母役を見事に演じて下さった、戸田恵梨香さん、大原櫻子さんはじめ5人の女優と平松監督が、そして、この映画で、必死になってその未来に生きた子どもを演じてくれた〝子役〟達も登場、会場は人へのやさしさと、映画への期待に包まれたのでした。
 開映・・・、会場を満席に埋めた観客は、笑いと涙でこの作品に応えて下さいました。
 そして、上映終了後には思ってもいなかったサプライズが・・・。
 主演の戸田恵梨香さんが再度ご登場下さったのでした。
戸田さんが舞台に立つや、会場からは驚きと感動のお声が・・・。
戸田さんは、こんなお話で観客との交流をはじめられたのでした。
 〝戦争ものにはこれまでも出演してこなかったので、はじめは、この出演のお話を聞いた時、お断りしようと思った。それでも・・・。私は神戸で生まれて阪神淡路大震災と6歳の時巡り合った。あの時見た真っ赤に染まる空を思い返した時、この戦争の時代を描く作品で、私でも出来ることがあるのでは・・・。そんな思いで出演を引き受けました・・・。〟
その後交わされた会場との感想のやりとりでは、感極まって泣き出す方も出るなど、心暖まる交流の場となったのでした。
こんなやさしさに包まれながら、この作品は全国への旅に発ったのでした。
人の幸せを願って・・・。
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プレミア上映会



by cinema-tohoku | 2019-02-14 17:44 | 映画 | Comments(0)
 「あの日のオルガン」の監督脚本を担当して、見事なお仕事でこれに応えて下さったのは平松恵美子さんでした。
 平松さんは、倉敷市でお生まれになりました。
 若い頃から映画に心を寄せるようになり、〝年間300本も映画を観るすごい高校生が居る〟と県内でもいささか話題になる方だった様です。
 岡山大学に進学され、卒業後東京の会社に就職しましたが、映画への思いはやはり断ち難く退職、松竹山田洋次監督のシナリオ塾に通い始めました。
 持ち前の分析力たっぷりの頭脳と、冷静な知性故か、みるみるうちにシナリオづくりにその才能を発揮して、山田監督のお目にとまり、いつの間にか山田監督と「共同脚本」をになうまでになりました。
 そして、ご高齢を迎えた山田監督にとっては、今や欠くことの出来ないパートナーとしてご活躍されていました。
 「あの日のオルガン」の製作を思い立った時、私たちがこの監督・脚本として白羽の矢を立てたのが平松さんでした。
 お渡しした原作に、幸い彼女は熱く共感して下さり、平松さんの手による脚本づくりからこの制作はスタートしたのでした。
 そして作品は無事完成を迎え、引き続き公開劇場の編成に着手、その劇場の一つに設定されたのが彼女の故郷倉敷の、ムービックス倉敷でした。
 この映画の完成と、倉敷での公開決定が倉敷に届くや、平松さんにゆかりの方々や、市民の方々はこの報を喜びをもって受け止めて下さいました。
 そして、このお声は急速に〝平松恵美子応援団〟に結集して行ったのでした。
 迎えた1月17日は、平松監督をおむかえしての、応援団の発足を兼ねた県下最初の試写会、私もこの地を訪れました。
 これまでも幾度か倉敷を訪れていましたが、倉敷の看板とも云うべき、古い蔵の建ち並ぶ「美観地区」を訪れたのはこれが初めてのこと。見事に古い街並が残された街の風情にいささか感激の思いでした。
 そして、試写会場となった、これも古い建造物倉敷公民館には、会場のそこかしこで、平松さんとの再会を喜ぶお声が響いていました。
 上映終了後、舞台に立った平松監督は、会場から注がれる市民のやさしき、そして応援のまなざしにしばし絶句・・・会場は、映画への感動もあいまって、不思議なやさしさに包まれたのでした。
 応援団の主だった方々と開かれた夜の懇親会は、試写会場の雰囲気をそのままに持ち込んだものとなり、尽きぬ話は平松監督の倉敷を舞台にした次回作にまでおよび、夜は更けて行ったのでした。
 こんな人のやさしさに支えられながら、この作品は2月22日、全国への旅をはじめます。
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倉敷・・・蔵の街並み

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クランクインの日、平松監督と



by cinema-tohoku | 2019-02-01 16:03 | 映画 | Comments(0)