小繋駅
それでも、久し振りに仕事がつながり、車で盛岡から青森への2泊の出張に出ました。
一昨日は盛岡で、日本初の女医荻野吟子の生涯を描いた「一粒の麦」の試写会を終えて、翌日の青森への道は、時間の余裕があることを幸いに4号線をたどりました。
高速に乗らずに、一般道を使ったのには、途中久し振りに立ち寄りたいスポットがあったからでした。
今から16年前、私たちは映画「待合室」の東北地区配給に取り組んでいました。
岩手県北の山あいにひっそりと佇む小繋駅、そしてその待合室に置かれた1冊のノート、
そこには、この駅を訪れた旅人の心が綴られ、それに対して駅前の雑貨屋のおばちゃんの返信が…。
こんな心の交流が、朝日新聞に記事として取り上げられ、その記事に感動した脚本家板倉さんがこの地を訪れおばちゃんと面会、その優しき心に感動して映画化を決意、自ら監督もつとめた「待合室」でした。
幸いキャストには、おばちゃん役に富司純子さん、そしてその娘時代を寺島しのぶさん、親子初共演も実現して、この作品は完成の日を迎えたのでした。
しかしながら、全国配給の引き受け手がなく、思い余った板倉さんが私に連絡してくださいました。
〝せめて岩手だけでも…完成した作品をお観せしたい…力を貸して欲しい…″
この願いを受けて、東北地区の配給の業務にあたりました。
都市と地方との格差が拡大して、かって日本を支えた地方から賑わいが失われ、人と人との心さえもが断ち切られようとしている現代社会に、この作品はおだやかな語り口で<人のこころ繋ぎ>を語り、岩手から始まった上映運動は東北各県に拡がり、その上映は東北6県で20万名観客となって、大成功の幕を閉じたのでした。
それから16年の時間が流れていました。
久しぶりに訪れた小繋駅の待合室には、変わらずに<命のノート>が置かれて、多くの方々がそこに自らの心を綴っていました。
そしておばちゃんは、その一人一人にていねいな返信の言葉を重ねていました。
駅員のいない出札口のかたわらには、そっと置かれた折り鶴が…。
駅前の雑貨店は、既に店を閉じてはいましたが、その奥の部屋にはおばちゃんが、変わらぬ優しい笑顔をたたえて座っていることを胸に刻んで、桜のつぼみもまだ固い奥州路を北にむかったのでした。
不思議な温かさを胸に抱きながら。


