10年目の「エクレール・お菓子放浪記」
間もなく2011年3月11日から10年を数えます。
あの日の記憶は、宮城県民運動に支えられ製作した「エクレール・お菓子放浪記」共々、生涯忘れることの出来ないものとして、私の胸の中に深く刻まれています。
その「エクレール・お菓子放浪記」・・・10年目の3.11の節目の時に2つのエポックが。
その一つは、この作品のフィルムが<国立映画アーカイブ>に寄贈となったことです。
この作品は、3.11以降東日本大震災とは切り離すことの出来ない作品となりました。
又、映画の中には、今では消えてしまった、石巻の数々の情景が映し出されてもいました。
その意味では、この作品はいささかの公的な性格をもったものになったと思いまして、<フィルムライブラリー>に寄贈して国の手でフィルムを管理していただきたく申し入れを致しました。
幸い、ご快諾いただき手続きに入っていましたが、その後ご連絡が途絶えていました。
先日、ご連絡がありまして、<フィルムライブラリー>の組織の大幅な改組変更があって遅れていた、早急に具体化したいとのお話しでした。
結果的には遅れたことで、寄贈が10年目の3.11の時となったことも、この作品の不思議な運命の故だったのかも知れません。
宮城県民が力を合わせて完成させた「エクレール・お菓子放浪記」は、東日本大震災からの復興を語りながら<国立映画アーカイブ>で永遠に保存・管理されることになったのです。
もう一つのエポックは、10年目の3.11を前にして、関係者の方々からのお声が上がり、10年目の「エクレール・お菓子放浪記」上映会が決まったことです。
当日はこの映画の関係者の方々のトークショーも予定しています。
10年を機に、来し方も振り返りながら、ここからの新しい歴史を刻む機会としていきたいと願っています。
皆様方のおいでを心よりお待ち申し上げます。
くわしくは、シネマとうほくのホームページをご覧下さい。
あの日の記憶は、宮城県民運動に支えられ製作した「エクレール・お菓子放浪記」共々、生涯忘れることの出来ないものとして、私の胸の中に深く刻まれています。
その「エクレール・お菓子放浪記」・・・10年目の3.11の節目の時に2つのエポックが。
その一つは、この作品のフィルムが<国立映画アーカイブ>に寄贈となったことです。
この作品は、3.11以降東日本大震災とは切り離すことの出来ない作品となりました。
又、映画の中には、今では消えてしまった、石巻の数々の情景が映し出されてもいました。
その意味では、この作品はいささかの公的な性格をもったものになったと思いまして、<フィルムライブラリー>に寄贈して国の手でフィルムを管理していただきたく申し入れを致しました。
幸い、ご快諾いただき手続きに入っていましたが、その後ご連絡が途絶えていました。
先日、ご連絡がありまして、<フィルムライブラリー>の組織の大幅な改組変更があって遅れていた、早急に具体化したいとのお話しでした。
結果的には遅れたことで、寄贈が10年目の3.11の時となったことも、この作品の不思議な運命の故だったのかも知れません。
宮城県民が力を合わせて完成させた「エクレール・お菓子放浪記」は、東日本大震災からの復興を語りながら<国立映画アーカイブ>で永遠に保存・管理されることになったのです。
もう一つのエポックは、10年目の3.11を前にして、関係者の方々からのお声が上がり、10年目の「エクレール・お菓子放浪記」上映会が決まったことです。
当日はこの映画の関係者の方々のトークショーも予定しています。
10年を機に、来し方も振り返りながら、ここからの新しい歴史を刻む機会としていきたいと願っています。
皆様方のおいでを心よりお待ち申し上げます。
くわしくは、シネマとうほくのホームページをご覧下さい。


by cinema-tohoku
| 2021-03-09 14:50
| 映画
|
Comments(0)

