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       訃報

 多くの方々の手に支えられて昨年7月完成し、その上映の輪を全国に拡げている映画「あの日のオルガン」・・・、戦火から子どもたちの命を守るため、全国初の保育園の地方への疎開を行い、子どもたちの命を守り抜いた保母たちの奮闘の史実にもとづく映画です。
 この疎開保育園は、約一年におよぶ保母たちの苦闘のドラマでしたが、その疎開生活を全身全霊の努力で支えた保母は11名・・・その全てが20歳前後の若い娘たちでした。
 疎開保育園で子どもたちの命を守り抜いた保母たちは戦後、平和なそして民主主義の時代に、新たな保育の未来をつくるべくそれぞれの地域に飛び出し、戦後日本の保育運動のトップランナーとなってゆきました。
 青空保育園からスタートして、東京北区に豊川保育園を立ち上げた畑谷光代先生…。
 東京都三鷹市に井の頭保育園をつくり、その卒園式には必ず、東京大空襲で孤児になった疎開保育園の「健ちゃん」のお話を卒園児に語り続けていた福地トシ先生・・・。
 労働者クラブ生協の保育園を経て、神谷保育園をつくった福光えみ子先生…。
 そのお一人お一人の、変らぬ子どもと向かい合う情熱が、戦後の日本の保育のページを刻んできたのでした。
 そして戦争が終わってから74年・・・、そんな保母さんたちも一人、そしてまた一人と他界されて行きました。
 そして・・・、最後に残ったお一人が、先日静かに旅立たれました。
 伊井澄子先生・・・疎開保育園の保母の中では一番若い、当時は19歳の娘でした。
 東京で開催された、ある団体の上映会にご参加の方からご連絡がありました。
 伊井先生が最後に勤務された東京白金幼稚園の先生で、伊井先生のお世話をされているHさんからのご連絡でした。
 伊井先生がこの映画の完成を喜ばれて、是非観てみたい・・・DVDをしばらく貸して欲しい・・・とのご要請でした。
 よろこんでDVDをお送りして、伊井先生のご観賞のご報告をお待ち致しておりました。
 しかしながら・・・叶いませんでした・・・お体の具合が日々よろしくなく、映画をご覧いただけないままに息を引き取られた、とのお知らせがございました。
 最後まで〝保育はね・・・〟と、保育をお心にかけながらの旅立ちだったとのことでした。
 それでも、映画は完成し、あの時の保母たちが心を込めて語った〝子どもの命と平和〟への願いは全国に大きな輪と
なって拡がっています。
 合掌・・・。
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映画「あの日のオルガン」


by cinema-tohoku | 2019-11-29 18:09 | 映画 | Comments(0)