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          蓮田市からの全国発信

 多くの方々の、やさしいお手に支えられて、映画「あの日のオルガン」が完成し、明年2月からの上映成功に向けて、全国でその準備が始められていました。
 そして、その先頭を切って上映実行委員会の発足に向けた「呼びかけ人会」が開かれたのが埼玉県蓮田市でした。
 1944年、戦火から子どもたちの命を守るため、東京品川区にあった戸越保育所は、保育園の疎開を決断しました。
 しかしながら、その前には乗り越えなければならない課題が山積していました。
 そして、その大きな一つが、場所の設定の課題でした。
 下は3才からの53名の幼児を生活させる場所・・・そして欠くことの出来ない食糧確保の課題も大きな問題でした。
 当時、この保育所を経営していた、恩賜財団大日本母子愛育会は、最大の努力でこの課題に向かい合いました。
 そして、その願いに手を重ねて下さったのが、埼玉県平野村(現蓮田市)の心やさしき方々でした。
 平野村高虫にあった無住の荒れ寺 妙楽寺が、疎開先を引き受けて下さり、食糧問題は、有難いことに、平野村の方々が食糧支援体制をつくってこれを支えることで疎開先は決定したのでした。
 それ以降平野村の方々は、子どもたちの命を守る心やさしきご支援の手で、疎開保育園を支えて下さったのでした。
 この平野村のやさしきお手がなければ、この53の幼い命は、地上から消えてしまっていたのかも知れなかったのでした。
 まさに平野村は、53人の子どもの命を救った村だったのでした。
 そしてあれから73年・・・この平野村の心やさしき歴史は、一本の映画となってこの地に生を授かったのです。
 この映画の製作支援に、先ずもって立ち上がって下さったのは蓮田市民の有志の方々でした。
 この市民の方々の熱い思いは、短い時間の中に市内に共感の輪として拡がって行きました。
 そして、この願いに熱く賛同して下さったのが蓮田市長さんでした。
 映画をご覧になって大感激・・・ 子どもたちの健やかな成長に赤信号の灯った現代社会に、「子どもの命」を感動と共に語るこの作品は、蓮田市民の誇りでもある・・・そんな市長さんの思いは、これも市内多くの方々の共感ともなり、11月8日蓮田市上映成功をめざす上映実行委員会の「呼びかけ人会」が、開催されたのでした。
 当日は、市内の主だった団体の方々がご参加され、「子どもの命を救った町蓮田」の誇りを市民の心に語る運動、そしてそんな蓮田の誇りの全国発信へのスタートは、この日切られたのでした。
 この共感の輪を、10,000名の市民の心につなぐ夢を語りながら・・・。
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蓮田市呼びかけ人会議






by cinema-tohoku | 2018-11-19 15:30 | 映画 | Comments(0)