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 桜のつぼみもまだ固い北海道から一転、まるで夏の風情の沖縄を訪れました。
 「君の笑顔に会いたくて」の全国上映に対して昨年12月、山下法務大臣からの感謝状を頂戴しました。
 その折、ご一緒した吉本興業の社長とのご縁で、吉本興業が毎年沖縄で開催している沖縄国際映画祭への作品の出品を求められての沖縄訪問でした。
 吉本興業は、〝お笑い〟のクリエーターとしてのお仕事を展開するかたわら、社会貢献の一環として、法務省が主唱する「社会を明るくする運動」にも、全面的なご協力をされて来ていました。
 そんな吉本興業とシネマとうほくが、法務大臣からの感謝状をいただくご縁をつないでの、この度の出品となったのでした。
 この映画祭には、お招きがあって、私の他に主演の洞口さん、そして法務省保護局長を始めとした関係の方々もご参加、那覇市の桜坂劇場での舞台あいさつにのぞみました。
 幸い、劇場は満席となり、スクリーンに展開する更生保護を語るドラマに、参加者の方々は涙をふきながら胸を熱くして下さいました。
 そして上映終了後は、那覇市メインストリートの国際通りを通行止めにして、赤い絨毯を敷き、何とレッドカーペットのウォークと相成ったのでした。
 心配された天候も回復し、南国のあざやかな光が降り注ぐ青空のもと、人生初体験のレッドカーペットの歩行は・・・多くの方々に見つめられながら・・・嬉し恥ずかし・・・・・とにかく無事に終了したのでした。
 そして、映画祭での私のスケジュールが終了するや、関係者の方々にお別れを告げて宮古島へ・・・。
 東京で「あの日のオルガン」をご覧になった一人の女性から、感激した・・・宮古島で上映をしたい・・・、とのお話が届けられ、それにお応えしての訪問でした。
 空港ターミナルの喫茶店で初めてお会いしたTさんは、熱い思いで上映実現への夢を語って下さいました。
 一歩ずつ、とてもスローな歩みを重ねながら、私たちが手がけた作品は、多くの方々の胸に伝わって行くことを実感した南の地への訪問でした。
 それでも・・・いささか・・・疲れました。
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宮古島のビーチ

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那覇でのレッドカーペット



# by cinema-tohoku | 2019-04-23 14:47 | 映画 | Comments(0)
 節約の思いで、閑散期をねらって片道5200円のピーチでの久し振りの北の大地です。
 仙台は、桜の満開を迎えていましたが、訪れた北の地の桜の開花はまだ遠く、吹く風も冷たく感じられています。
 更生保護の心を語るべく製作した「君の笑顔に会いたくて」も、その上映をスタートしてから間もなく2年を迎えます。
 この間、各地保護司会の方々を中心とした上映の輪は全国に拡がり、その数は既に170ヶ所を数えるまでに育って参りました。
 そして迎えた本年度、更生保護が制度化されてから70年の周年の年・・・法務省ともご相談を重ねて、この周年に向けて更に上映の輪を拡げようと、チラシもリニューアル、そして上映の仕組みにも一考を加えて、全国へのお呼びかけを始めたところでした。
 今回の北海道への訪問は、「あの日のオルガン」の上映基盤づくりに加えて、「君の笑顔に会いたくて」の上映促進を願ってのことでした。
 北海道での「君の笑顔に会いたくて」の上映は、ここに至るまでに大きな拡がりを道内につくって下さっていました。
 ホール上映では、仙台に続いて全国第2位の観客数となった旭川市、市と保護司会が手をつないで見事な上映となった釧路市、そして社会を明るくする運動の一環として取り組んだ北見市・・・その上映は既に道内10ヶ所を数え、その一ヵ所一ヵ所に、心通う地域社会を願った主催者が織り成した数々のドラマがありました。
 空港から先ずもって訪れた室蘭保護司会の皆様方は、私の携えた願いに熱い共感の思いを重ねて下さいました。
 担当エリアが大きく拡がり、なかなかていねいな手当てが出来ないもどかしさを抱えながらのこの度の北の地へのご訪問・・・やっと天候も回復した青空のもと、今日は旭川まで足をのばして見るつもりです。
 人と人とが心を交わせ合い、子どもたちがその未来に向けて希望を語りながら成長することの出来る社会を願いながら・・・。
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「君の笑顔に会いたくて」更生保護制度70周年チラシ

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北大のポプラ並木

# by cinema-tohoku | 2019-04-17 16:47 | 映画 | Comments(0)
 こんな題名の映画が完成、4月からの全国上映への旅の準備中です。
 映画の舞台は四国の右下、徳島県美波町。
 アカウミガメが産卵に訪れる、太平洋に面した美しい町です。
 東京に本社を置く、IT企業サイファーテックは、東京での人材確保に行き詰まりを感じていました。
 人材確保を巡る競争は激烈なものでもありました。
 そんなサイファーテックが着目したのが、美波町だったのでした。
 美波町・・・まさに過疎地で、高齢者人口比率も年々高くなる・・・典型的な地方の町でしたが、ここには都会にはない、素晴らしい海が、山が、川がありました。
 仕事をしながら、その生活の中で無理なくサーフィンが、山歩きが出来る・・・。
 これをねらって打ち出した社員募集のスローガン「半IT,半X」は大きな反響を呼ぶことになりました。
 仕事をしながら、「X」には自分らしい生活を組み込んでもらおう、とのねらいでした。
まさに「働き方改革」とも云うべきこの企画は急速に話題となって拡がり、都会では叶えられなかった優秀な人材が集まったのでした。
そしてサイファーテックが美波町に出したサテライトオフィスで、社員たちは、まさに生き生きとしながら、日々の仕事と向かい合うことになったのでした。
この成功事例は人の口から口へと伝えられ、美波町内にはその後も、町内にサテライトオフィスを出店する企業が相次いだのでした。
いつの間にか、町の姿が変わり始めていました。
町内に若者の姿が目立ち始め、そして流入人口が流出人口を上回ったのでした。
町には、こんな人達をねらったカフェやしゃれたラーメン店が出店、大学のサテライトオフィスも生まれて行きました。
古い町がその歴史を生かしながら、それでも新しいものを見事に取り込んで、町が活性化し始めたのでした。
映画「波乗りオフィスへようこそ」は、こんな美波町の未来への挑戦をドラマにしたものです。
 都市と地方との格差が語られてから、ずい分長い時間が流れていました。
 格差を埋めるための数々の努力が続けられていました。
 この作品は、決してあきらめなくて良い、・・・どんな町にもきっと素晴らしい未来があることを感動とともに語ってくれることと思います。
 「都市と地方との均衡ある発展」・・・そんな夢もかかげながら、「波乗りオフィスへようこそ」は、私たちの配給の手でまもなくその旅に出ます。
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ウミガメが訪れる砂浜
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「波乗りオフィスへようこそ」


# by cinema-tohoku | 2019-04-15 15:31 | 映画 | Comments(0)
 車で2日間の岩手への出張でした。
 昨日は、午後から三陸沿岸を通って、最後の予定地久慈市から仙台への帰途へ。
 間もなく4月・・・もはや雪の心配はないだろうと、車を走らせた夜の東北自動車道は、途中から何と吹雪・・・あまりの吹き降りに前方は見えなくなり、道路の白線も雪にかくれ、ほうほうのていで仙台に戻って来ました。
 そして、その翌日に訪れた東京は桜の満開・・・街は桃色一色に彩られていました。
 まるで魔法のトンネルをくぐった様な季節の移り変わりに、改めて南北に連なる日本列島を実感させられました。
 色彩の乏しい冬から巡った桜の春・・・何とも華やかなこの風情は、行き交う人々も心を浮き立たせているように思えるのです。
 そんな東京の姿に目を向けながら、胸によぎるのは通り過ぎて来た岩手県三陸沿岸の街の姿・・・。
 大惨禍から8年、街は新たな姿に変り始めているのですが、そこここにまるで櫛の歯が抜けた様な空地が目立つ「新しい街」なのです。
 ここに再び人の生活の営みがよみがえり、街のにぎわいを取り戻すことが出来るのか・・・。
 そして、皆が笑顔を交し合う真の春の季節を迎えることが出来るのか・・・。
 東京の咲き誇る桜を見つめながら、そんな思いにさせられた春の一日でした。
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満開の桜
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 3月10日・・・74年前の東京大空襲の日の翌日は、東日本大震災慰霊の日。 
 私にとって決して忘れることの出来ない8年目のこの日を、今年は「あの日のオルガン」を携えた金沢の街で迎えました。
 あの日、東日本一帯に押し寄せた波の壁は、そこにあったあたりまえの生活を、そして沢山の夢さえも奪って行きました。
 そして、あの直後から寄せられた全国からのご支援のやさしい手の数々は被災地を支えました。
 〝支え合い〟〝絆〟・・・数々の美しい言葉が語られていました。
 そして、あの日から8年が・・・・・。
 あの時、国をあげて支え合った記憶は遠いかなたのものになってしまったのでしょうか。
 人々の口から、これらの言葉が語られることはなくなり、これと交代をする様に「復興五輪」の言葉が踊っています。
 聖火リレーが福島から始められる…リレーのトーチが展示される…。
 まるで、この8年で被災地は立ち上がり、オリンピックが新たな未来を拓く「復興」を実現するが如き報道が語られています。
 しかしながら、北の地の実態は・・・。
 かつての生活の場からの避難生活を送る人は、福島県を中心に未だに5万人を越え、復興住宅での孤独死は急増・・・そして、あの甚大な被害を受けた陸前高田は、いまだに「かさ上げ」工事のダンプカーが行き交う茶色の街・・・。
 現実は、いまだに「復興」にはほど遠いものですし、人々は、今も精いっぱいの思いで日をつないでいるのです。
 一過性のスポーツイベントの開催が、まるで手品の様に被災地に希望の光を放つ筈がないのです。
今必要なのは、被災地の現実をありのままに伝えて、変わらぬ支え合いの心を国中に拡げることだと思いますし、その先頭に国が立つべきだとも思うのです。
今年の3.11は、私の胸に少しばかりの悲しい思いを語りました。
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8年・・・



# by cinema-tohoku | 2019-03-22 17:46 | その他 | Comments(0)