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 早いもので、今年も残すところ僅かとなりました。
 一年の過ぎ去る速度が年とともに増して来ている様に思えるのです。
 残された僅かな時間・・・せめてもう少しゆるやかに時が流れて欲しいと思うのですが・・・。
 いずれにしても、何とか無事に一年を終えることが出来たことを嬉しく思うのです。
 それにしても、色々なことが次から次へと起った一年でした。
 7月に行われた参議院選では、思ってもいなかった参政党の大躍進、国の未来に格差と分断を持ち込もうとする勢力に国民が信を与えたことに、不安な思いにさせられました。
 止まることを知らない物価高は国民の暮しをますます困難なものにさせました。
 そして新たに発足した高市内閣、台湾情勢を巡っての暴言や非核三原則の見直し発言、そして大軍拡路線・・・これも国の未来に大きな不安な要因となりました。
 更には、秋から始まった熊騒動、自然さえもが常態から道をはずしてしまった様でした。
 数え上げれば数々の不安の要因が展開した一年でありました。
 しかしながら私たちの仕事は大きな可能性を語るものとなった一年でした。
 長年にわたって取り組んで来た「荒野に希望の灯をともす」は本年、その全国観客数がまるで夢の様な16万人突破となりました。
 国の内外に、平和と民主主義の危機が語られる今、この上映に示された民意は、“まだあきらめなくとも良い!”そんな思いにさせられたのでした。
 そして、今年一年私たちが取り組んだ「ぼくが生きてる、ふたつの世界」も大きな拡がりをつくりました。
 殊に長野県では、なんと県内19市全市上映が実現、しかもこの全ての市で、それぞれの市長さんが先頭に立ってこの上映をご決意、自ら先頭に立って地域にご賛同の輪を拡げた<上映実行委員会>を立ち上げ上映を実現して下さいました。
 人の心に直接働きかける文化としての映画に携わる私たちに課せられている課題はとても大きなものであることを実感しています。
 来年も頑張りましょう・・・人の世の幸を願って・・・。
    一年お世話になりました_a0335202_09435759.jpg
中村医師とアフガン人スタッフたち(2015年10月) 🄫日本電波ニュース社

# by cinema-tohoku | 2026-01-05 09:46 | ご挨拶 | Comments(0)
 酷暑の夏もどこへやら・・・自然は巡って秋まっ盛りを迎えていました。
 昨日から又長野県・・・レンタカーを借りて県内を巡っていました。
 今朝は小諸市役所で打合せ、その後八ヶ岳山麓を走って茅野市まで。
 高原の季節はまさに秋たけなわ、きれいに晴れ上がった青空のもと、風に吹かれて舞う落ち葉が陽の光にきらめいて、心癒される一時でした。
 地球温暖化が語られ、日本は四季ではなく二季になる・・・など、人間の利を求める生産活動と大量消費文明が地球環境さえくずしかねない危機が語られていますが、自然の営みは見事に健全な姿を見せてくれたのでした。
 しかしながら、そんな自然の姿とはうらはらに、私たちの社会の実態には絶望的な思いもさせられているのです。
 先日は私の住む宮城県知事選挙の投票日でした。
 この知事選には、6選をめざす現職に、参政党が全面的に支援する候補者が挑みました。
 多選への批判はあるものの、現職は圧倒的な力で勝利するものと思っていましたが、結果は現職が当選はしたものの参政党候補との票差は僅か…。
 何と、仙台市では5つある選挙区のうちいずれの選挙区でも参政党の候補が現職を上回る票を獲得したと…。
 しかもこの選挙後も、ネットを通した“デマ”が飛び交う<汚い選挙>となっていました。
 以前の参院選で大幅に躍進した参政党、初の本格的な地方選挙でも変らぬ影響力を示したのでした。
 日本の民主主義はどうなってしまうのか・・・。
 信じ難い結果に、しばし国の未来に向けて暗澹たる思いにさせられたのでした。
 しかしながら、人の心に直接語りかける文化たる映画に携わる私たちの責任は、更に大きなものになったことも実感した、この秋のエポックでした。
     錦秋の候・・・_a0335202_18170521.jpg
 秋たけなわの白樺湖


# by cinema-tohoku | 2025-11-04 18:17 | 映画 | Comments(0)
 「ぼくが生きてる、ふたつの世界」長野県上映が、その輪を更に大きく拡げていました。
 混迷した現代社会に、人と人との心を通わせ、共に支え合う心を語るこの作品上映の意義は、口から口へと県内市長さんの胸に届き、県内19市のうち既に15市で上映が決ったり、上映実現に向けた働きかけが進められていました。
 そして、その一ヶ所一ヶ所に<上映実行委員会>をつくろうとした運動は、私にまるで目の回るような仕事を強いていました。
 ほぼ毎週の長野県通いが続いていました。
 昨日は、小諸市での打合せの後、松本での試写会、そして佐久市長さんとのご面会と、ご一緒に上映運動を展開している信濃毎日新聞社のご担当の車で県内を駆け巡っていました。
 佐久市に向かう道すがら、車窓の左手には雄大な浅間山が望まれ、フッと思い出したのでした。
 ここには80年前の戦争の悲劇を語る大日向村があったことを・・・。
 <大日向村>・・・日本が中国大陸への侵略を始めた時、中国東北部に傀儡国家満州国を立ち上げ、旺盛な移民政策を展開していました。
 その初期の頃、南佐久郡にあった大日向村は、日本で初めての「分村」でこれに応えたのでした。
 当時の人口1600名の半数800名が村を割って満州に移民、満州の地に<大日向村>を立ち上げたのでした。
 このことは当時模範的な農村として国から称賛され、小説や映画にも描かれました。
 しかしながら・・・1945年8月、ソ連の侵攻は<大日向村>の人々にも悲惨な逃避行を強いたのでした。
 語れない数多くの悲劇を大陸に残しながら、日本に帰国出来たのはその半数の400名だけでした。
 しかしながら、やっと帰国を果たした400名の方々に戻るべきかつての大日向村の土地はありませんでした。
 国は軽井沢の国有地を払い下げ、これらの方々は入植しました。
 そこは標高1200mの一面のカラマツ林でした。
 人々はここを再び「大日向村」と名付け開墾を始めました。
 カラマツの伐採、伐根・・・これは苦難の開拓事業でした。
 時代は流れ軽井沢は一転、リゾート地として発展、「大日向村」の人々も観光業や建設業に転身し、切り拓いた農地は別荘地に変わって行きました。
 佐久市に向う道すがら、80年前の悲劇に思いをはせ、歴史の流れに翻弄された人々の心に思いを寄せたのでした。
 日本の敗戦から80年・・・戦争体験者も少なくなり、あの時の悲劇が忘れ去られかねない今、語り継がれなければならない民族の悲劇の歴史がここにはあったのでした。
     大日向村_a0335202_13172072.jpg
雄大な姿の浅間山



 南アルプスと中央アルプスの山々に囲まれた炎天下の伊那谷を汗をぬぐいながら巡っていました。
 聴覚障害をテーマにした映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」が、その上映の輪を全国に拡げていました。
 中でもここ長野県では典型的な<官民一体>の上映運動が全県に拡がり、県内各市の市長さんが先頭に立って、それぞれの市の上映運動が展開され始めているのです。
 きっかけをつくって下さったのは、県北須坂市の三木市長さんでした。
 三木市長さんは、長野県社会福祉協議会の会長もおつとめで、この映画のことを県社協から耳にするや、その上映の今日的な意義をご理解になられ、県内トップでの須坂市上映をご決意され、須坂市聴覚者協会、手話サークルを含めた上映への検討が始まったのでした。
 そして、市内の更に広範な団体を加えて上映実行委員会が発足、11月の1,000名観客をめざした上映運動がスタートすることになりました。
 更に、三木市長さんは、長野県市長会の折に県内各市長さんにこの映画をご紹介、これにご賛同した上田市、塩尻市の市長さんの願いで、両市にも上映運動の旗が上ったのでした。
 地域社会の健やかな未来を願うこの上映運動は、更に県内各市の市長さんのご賛同を拡げ、今日段階で、長野県19市中12市で上映実現に向けた動きが始められるまでに育って来たのでした。
 一つの映画の上映がこれ程各市の市長さんのご賛同を得ることは稀有なことかも知れません。
 何故に・・・。
 その原点に目をやった時、見えて来たのは今日の日本社会が抱える大きな困難の影だったのでした。
 戦後展開されて来た政治の流れは、社会に大きな格差を生むことになりました。
 ともすれば社会的に弱い立場の方々が取り残されかねない現代社会の問題点が大きな影となって全国をおおっています。
 そんな負の影響を抱えながらも、行政の先頭に立つ市長さんたちは、それぞれの町の市民の健やかな未来を願って日々のお仕事についています。
 この現状を何とかしなければ・・・そう願った時行き着いたのは・・・。
 地域の住民の心と心が通い合い、そこに困難を抱えた方が居たなら誰かが支えの手を差し伸べる・・・、そんな社会が実現すれば健やかな未来への道はひらける・・・そして、この映画の上映が、地域の方々の胸にそんな心を育む力になることを確信したことが、長野県でのこの上映拡大の証しなのではないかと思えるのです。
 今日は伊那谷の南端飯田市の市長さんとのご面会でした。
 幸い、この上映の意義に熱くご賛同いただき、市民に向けた上映運動はスタートを切ることになりました。
 そして、午後は同じく伊那谷の伊那市、駒ケ根市の市長さんとのご面会の予定が相次いでいました。
 人と人とが支え合い、共に手を取り合った幸せな未来への道を願って・・・。
 日傘をさしての信州路行脚はまだまだ続きそうです。
    伊那谷 _a0335202_13553293.jpg
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
 

# by cinema-tohoku | 2025-08-21 13:56 | 映画 | Comments(0)
 昨日は国の行方を占う大事な参議院議員選挙の投票日でした。
 数日前からの出張が決っていたので、不在者投票を終えて、その開票報道をホテルでみて、何とも暗澹たる思いにさせられていました。
 現政権への不満は充分に理解できるのですが、日本人が大切にされていないのは決して外国人労働者が増えたからではなく、現政権が進めて来た政治の結果だったと思うのです。
 一貫して非正規労働者を拡大して、一部の大企業やお金持ちのための政治を進めて来た結果がこの困難な社会をつくり上げてしまったのではないかと思えるのです。
 しかしながらこんな“不満”のはけ口が、新興の危うい政党への熱狂的な支持につながることとは容易に信じ難いのです。
 こんなにも“大衆の心”が過激な動きを示したことに、未来への大きな不安を感じざるを得ないのです。
 いま、私が精いっぱいの思いで上映を拡げていた作品は「ぼくが生きてる、ふたつの世界」でした。
 聴覚障害をテーマに、それを乗り越えて人と人との心を通わせようとした作品でした。
 この配給を引き受けてから、たくさんのろう者の方々とお会いして来ました。
 聞こえない、話せない・・、こんなハンディを抱えながらも、そんな方々の健やかな未来に向けて一生懸命の努力を傾ける姿に感銘して、この上映の輪を全国に拡げていました。
 ろう者の方々の心からの願いが、その地域の多くの方々の共感としても拡がって来ていました。
 こんな支え合いの社会実現に向けた動きをつくっていた今、昨日の参議院選で示された民意をどう理解したら良いのか・・・。
 でも、そんな時だからこそ私たちの仕事は今とても大きな意義を持っているのではないかと思うのです。
 先日の誕生日で私は77歳を迎えましたが、まだしばらくは前を向いて、健やかな未来実現に向って働きかけてゆかなければならないと思っていました。
 今日はこれから伊豆での試写会です。
 一人でも多くの方々の胸に“支え合いのこころ”を語るため・・・心を込めて訴えて来ます。
      参議院議員選挙_a0335202_11552759.jpg
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

 


# by cinema-tohoku | 2025-07-25 11:57 | 映画 | Comments(0)