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 名取市閖上・・・宮城県仙台市の南部、名取川が太平洋に流れ込む河口にひろがる古くからの港町です。

一流のお寿司屋さんでも珍重される赤貝の産地としても全国に有名な町。

そして、あの日以降、この町は悲しみの地としても知られることとなってしまったのでした・・・。

2011311日、巨大な波の壁は平和だったこの港町を襲いました。

最大波高は、9.09mにおよび、964名のかけがえのない命が一瞬のうちに奪い去られて行きました。

そして、その大惨禍の直後、前回ブログに紹介した大沼えりこさんは、この地に立っていたのでした。

とても この世のものとは思えない地獄絵図の中に・・・。

あれから5年をこえる時間が流れたというのに、彼女の瞳に焼きついたあの日の映像は、それを思いおこす度に彼女の胸をしめつけ、言葉にならない思いは彼女を苦しめているのです。

私たちは、映画「君の笑顔の会いたくて」製作の主要な舞台を名取市に設定したいと思いました。

そして、シナリオ完成に向け、原作者、大沼さんも交えて幾度かの話し合いを持ちました。

その中で課題となったのは、東日本大震災の大惨禍に踏み込んでこの作品を語るか・・・とのポイントでした。

 この映画の基本テーマは「更生保護の心」を語ろうとするもので、あの日の出来事にあまり深く踏み込むことで、このテーマが弱くなることへの危惧も感じながら私たちの論議は幾度にもおよんだのでした。

しかしながら、あれから5年を経てもいまだに人々の胸に残る深い心の傷、そして閖上の町に立った時の、いまだ復興には程遠い現実を見た時、決してこの現実から目をそむけてはならない・・・・・そんな結論になったのでした。

命を奪った閖上の海と、今もう一度命を誓おうとする閖上の海・・・

 このドラマは閖上の海を一つのキイに語られることになりそうです。

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JSN総会の後、閖上に行って来ました


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最大波高を示す慰霊碑の前で


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秋も深まった東北仙台で、1018日・19日の2日間にわたって協同組合ジャパン・スローシネマ・ネットワーク(JSN)第3回総会が開かれ、「スローシネマ運動」の未来に向けて熱い論議が交わされました。

 「エクレールお菓子放浪記」の820ヶ所、そして「じんじん」の550ヶ所におよんだ上映運動の実績を基盤として、JSNは20149月産声をあげました。

 そして、あれから3年・・・映画の上映を通して、地域社会と家族の再生を願うお声は、私たちの回りに大きく拡がり、又日本映画界の中では、シネコンや大手の配給によらずに作品を多くの方々にお届けする「新しい配給システム」としても歓迎され、JSNに寄せる期待は大きく育って参りました。

 しかしながらこの間、安定的な配給作品の供給の問題や、組織に内在する諸問題も明らかになり、これらを乗越えて新たな地平を拓くべく開催された総会でした。

 どうしても仕事の調整が付かず欠席となった一社を除いて加盟12社が参加、2日間にわたっての実り多い議論となりました。

配給作品確保に向けてのJSNの主体性確保の件・・・理事長一人に課せられている仕事量の問題・・・そして、多様な作品をこなし得る営業力の強化について・・・こんな課題を語り合った1日目の論議は、夜の懇親会にも引き継がれ、いつの間にか仙台の夜は更けていったのでした。

 そして、明けた2日目は、現在JSNも製作に参加して製作準備中の「君の笑顔に会いたくて」原作者大沼えり子さんのご講演でした。

 私も初めてのお話でしたが、大沼さんが経験されて来た事実の重さが聞く者の胸に迫り、現代社会のヒズミと向かい合って、子どもたちの心の叫びに必死で寄り添い続けてきた大沼さんの思いは参加者の涙を誘い、一同の大きな感動の中にお話は語られたのでした。

 大沼さんの熱い熱い胸のうちの思いをお聞きして改めて実感した思いです。

 心ならずも罪を犯した子どもたちの側にその本質的な非はないことを・・・。

 そして、現代社会のゆがみが、子どもたちをこんな悲しい道に追いやっていることを・・・。

 明春生まれるこの映画に課せられた大きな課題を胸にしっかりと刻んで、総会はその幕を閉じたのでした。

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感動的だった大沼さんの講演



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 久し振りに晴れ上がった空のもと、車で青森に向かっています。

 昨日、北の地は今年一番の冷え込みとのこと、車窓からは初冠雪が報じられた岩手山が、秋の空を背景にすっきりとしたその姿を見せています。

 岩手山・・・この山は、私にとって特別な感慨を思い起こさせる山なのです。

 私の故郷、盛岡市のどこからでも望むことの出来る、岩手をまさに象徴する美しい姿の山で、古くから多くの文学や詩歌にもその姿をうたわれていました。

 啄木や賢治もその作品の中にうたったこの山の姿は、それに触れた岩手県人に、故郷の包み込む様なやさしさと、遠く縄文の彼方につながる自然の巨きさを語ってくれるのかも知れません。

 私もこの山に吸い寄せられる様にして、若い頃幾度にもわたって登ってきました。

 初めて登った頂上から望んだ、すっきりと晴れ上がった風景の清々しさ・・・。

 友と登って、下山した温泉に伸ばした足の解放感・・・。

 そして、人生に行き詰って一人登った私を受け止めた、晩秋の岩手山のやさしさ・・。

 この山は、その都度都度に私を育て、見守って来てくれたのでした。

 あの頃から数えるなら、ずい分の時間が流れてゆきました。

 そして、年を重ねた私は、それでもまだあの頃の思いをカバンに詰めて、時代と向かいあいながら苦闘しています。

 故郷のおおきな、そしてやさしき数々のものに支えられながら・・・。

 青森までは、赤く色づいたナナカマドの道をたどってまだしばらくのドライブです。


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 秋空に映える岩手山


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