カテゴリ:映画( 56 )

 台風の接近が報じられる悪天候の中、東京新宿の安田生命ホールは、より良き高齢化社会を願う多くの方々で満席に埋まっていました。

 新宿に拠点を置く京王デパートの方から、映画「僕がジョンと呼ばれるまで」の上映についてのお問い合わせがあったのは、まだ新緑がまぶしい春のことでした。

 これにお応えしてお訪ねした私に、京王デパート友の会のご担当者の方はこんな思いを語ってくださいました。

  “京王デパート友の会会員さんの平均年齢は66歳となる・・・。

 そんな会員の方々の最大の不安の一つが認知症についてのこと・・・。

  「僕がジョンと呼ばれるまで」の話を耳にしたが、この作品が会員さんの不安に応

えてくれるものなら上映したい・・・。

一度作品を観せてほしい・・・。

 このご要請にお応えしてDVDをお貸しして数日後、是非上映をしたい・・・とのご連絡があり、この日はいよいよその上映の当日でした。

 あいにくの天候、お客様の出足も心配されましたが、幸い会場は上映前には満席となり、友の会会員の皆様は、時には笑い、そして時には涙を拭きながらこのドキュメンタリー映画を堪能してくださいました。

 それにしてもこの作品、まこと不思議な力をもった作品なのだと思います。

 これまで認知症は、決してその症状が回復することはない、と語られてきました。

 一旦家族がこの病にかかるなら、それは家庭の、そして地域社会の崩壊にもつながることだと思われてきました。

 その認知症が、「読み」「書き」「計算」の「脳トレ」でその症状を改善させることが出来る・・・。

 このことは、超高齢化社会を迎えた今日の社会に差し込んだ見事な一条の光でした。

 上映終了後、交々に感想を語りながら会場を後にした皆様方の笑顔を拝見して、もっと多くの方々にこの作品をお伝えしなければ・・・・・。

 そんな思いを胸に強く刻んだ雨の新宿の一日でした。

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by cinema-tohoku | 2016-09-21 18:41 | 映画 | Comments(0)

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 「母」…こんな題名の作品が今月クランクイン、12月の完成をめざして制作をスタートさせることとなりました。

 製作を手掛るのは現代ぷろだくしょん、日本の独立プロ製作会社としては大いなる「老舗」、その設立は1951年にさかのぼります。

 現代ぷろは、主に「社会派」と呼ばれる作品を数多く手がけ、1956年に公開された八海事件をテーマにとった「真昼の暗黒」は当時のキネ旬ベスト1にも輝くこととなりました。

 私が現代ぷろを知ったのは大学時代でした。

 思いを同じくする仲間たちと地域で映画サークルを立ち上げ、映画を通して社会と向かい合うべく活動を続けていた折、巡り合ったのがこの「真昼の暗黒」でした。

 日本の司法当局が、そして警察権力が、不当にも無実の者に罪をかぶせようとする「冤罪」の実相に慄然とさせられながらも、底流に横たわる「真実」をテンポよく、しかも分かりやすく面白く一本のドラマに仕立てた今井正監督の力量にも感銘したことを記憶しています。

 そして、その次に現代ぷろと巡り合ったのは、私が映画の道に進んでまだ間もない頃、現代ぷろが製作した「はだしのゲン」を通してのことでした。

 一見誇張した演出はマンガの様にも思われたものでしたが、この作品は当時の親と子の平和に向けた心をしっかりとつかみ、空前の大ヒット作品となり、その後何作かの連作ともなり、日本の独立プロ史に大きな一ページを飾ることとなったのでした。

 それ以降、現代ぷろは「平和」と「人権」をテーマに絶えることなく作品を世に送り出し続けて来ました。

 1998年、会社設立からその先頭に立って、プロデューサーとして、そして監督として現代ぷろをけん引して来た山田典吾氏が他界後は、その奥様火砂子氏がその後を引き継ぎ、これも見事な製作を続けていらっしゃったのでした。

 そんな山田火砂子さんから、シナリオを添えたごていねいなお手紙を頂戴致しました。

 長年の企画がやっと実って「母」の製作に着手するので力を貸して欲しい…そんなお言葉が綴られていました。

 この作品はキリスト教に根ざした数々のヒューマンな作品を世に送り出して来た三浦綾子さんが、小林多喜二の母をテーマに描いたロングセラーを原作にとったもので、今の時代に「人権」と「民主主義」を高らかに語ろうとするものでした。

 又、この映画で多喜二の母役を演じることになったのは、日本映画界の名優寺島しのぶさん、山田さんの思いに全面的に賛同して、東北での配給をお引き受けしたのでした。

 人の幸せを願って小説を書き続けた小林多喜二の魂は、その母の無償の愛に支えられて一本の映画に結晶し、明年全国に向けた旅を始めます。


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by cinema-tohoku | 2016-09-09 17:54 | 映画 | Comments(0)

 一本の映画の製作企画を立ち上げ、それを完成に導き、そして更には全国公開を実現して多くの方々にご覧いただく...。

 この一連の流れの中には、とても長い時間と数多くの方々の手が必要ですし、更には乗り越えなければならないいくつもの困難な課題もあるのです。

 それなのに、そんな数々の困難を予想しながらも、今又一本、新たな映画の製作の準備を始めていました。

 以前のブログでご紹介しました「君の笑顔に会いたくて」(仮題)がそれです。

 何故に数々の困難が予想されているのに、又新たな映画製作に立ち上がろうとするのか...。

 振り返ってみるとその原点は、このテーマを...この事実を...この人を...何としても映像化して多くの方々の胸にお届けしたい...そんな映画製作の「きっかけ」となった思いが私の胸を揺り動かしたからなのかも知れません。

 そして今度の作品の「きっかけ」は、映画の原作者であり、モデルでもある宮城県名取市在住の保護司大沼えり子さんとお会いしたことからの始まりでありました。

 大沼さんは2001年保護司になりました。

 そして、この年の少年院の参観で、少年たちがその更生に向かおうとする姿に触れ、大きな感銘を受けたのでした。

 彼らのために何かしなければ...、そう思った大沼さんは、以前経験のあったDJ番組を製作し、施設の中の少年達に「こころからこころへのプレゼント」として届けることを決意したのでした。

 そんな彼女の思いは、幸い多くの方々の共感となり、それ以来毎月一時間の番組を、15年にもわたって東北・北海道の3少年院に送り届けて来ました。

 そのかたわら、彼女は保護司として、少年院を仮退院した子どもたちの社会での自立にも精一杯の援助の手を差し伸べて来ました。

 そして子どもたちは、彼女の温かい手に支えられながら、それぞれの未来に向けて新たな旅立ちを果たして行ったのでした。

 時代の閉塞感が語られ、たくさんの子どもたちがその道を失ってしまった様な現代社会に、大沼さんが、そしてたくさんの保護司さんたちが、そんな子どもたちを受け入れ、支えている姿に触れた時、いかなる困難があってもこの映画化を実現し、全国の方々の胸にお届けしたい...そんな思いにさせられたのでした。

 人が人として生きることの出来る...そして、一切の差別も偏見もない社会を作り上げるために...。

 こんな私たちの願いは、一本の映画となって来年初夏、その命を授かることになりそうです。

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by cinema-tohoku | 2016-08-23 10:10 | 映画 | Comments(0)

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c川口雅幸/アルファポリス・東映アニメーション


「虹色ほたる」…とても素敵なアニメ映画を観たことを、以前ブログで紹介しました。

 作り手の熱い熱い思いが結晶したこの作品を、改めて多くの方々の胸にお届けする道がないものか考えて来ましたが、まずはこの映画の原作者川口さんとお会いすることから始めてみようと思ったのでした。

 出版社を通してご了解をいただき、先日お会いしてきました。

 川口さんがお住まいの岩手県大船渡市は、三陸沿岸にひらいた港町、リアス式海岸が深く陸に切れ込んだ天然の良港に恵まれ、かつては遠洋漁業の基地としても栄えた歴史を持つおだやかな町でした。

 私がまだ子どもだった頃、大船渡には叔父一家が生活していて、夏休み家族で泊まりに行った時の記憶がありありと残っています。

 子どもの目に映った当時のこの町のにぎわい、叔父が連れて行ってくれた映画館で観た吉永小百合主演の「赤い蕾と白い花」、そして町の寿司屋さんでご馳走になったお寿司のまるでほっぺたが落ちてしまう程のおいしさ…。

 大船渡は数々の思い出を私の胸に刻んだ町でもありました。

 しかしながら、そんな大船渡はその姿を一変させていました。

 かつてそこにあった町並みはその姿を消して、新たな町づくりを担うダンプカーが縦横に走り回る…あの大船渡はそんな悲しい姿に変わり果てていました。

 暗澹たる思いでお訪ねしたご自宅で川口さんは、それでもさわやかなお顔に満面の笑みを浮かべて私を迎えて下さいました。

 ごあいさつの後、話題は当たり前の様にあの日のことに…。

 川口さんご一家は、長年にわたって時計、宝石、メガネを扱う商店を営んでいらっしゃいました。


 あの日まで、その店は大船渡駅前にあったと…。

 そして、3月11日…押し寄せた波の壁は、そのお店を完全に破壊して、更にそこにあった数多くの商品も奪って行きました。

 幸い、川口さんのご家族は九死に一生を得て、その後高台のこの地に何とかお店を再開した…こんなお話を川口さんは淡々と私に語って下さいました。

 川口さんの処女作となった「虹色ほたる」は、<夏休み>に寄せた少年時代の川口さんの憧憬にも似た思いがモチーフになった作品でした。

 あの年の夏休み、主人公が訪れたのは、もはや「ダムの底に沈んだはずの村」…。

 そして、この物語は、そこにあった筈の、地域コミュニティや輝く程の自然、人々のつつましやかな、それでも心豊かな生活のさまざまを語ってゆきました。

 そして出版…更にはアニメ映画化…まるで夢物語の様に順調に進んできたプロジェクトでしたが、映画完成の翌年、川口さんがお住まいの町と人々の営みは、ドラマに語られる村と同様に、水のそこに消えてしまったのでした。

 何とも不思議な運命に彩られることになったこのアニメーション映画…。

 それだからこそ…あの日から5年を経た今…もう一度、この作品に命を吹き込んで、川口さんの思いのつまった大船渡の町から全国へお届けしてみたい…。

 そんな思いを胸に大きく膨らませたこの度の旅でした。

 この町にもう一度、人の営みを蘇らせる力となるために…。 


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by cinema-tohoku | 2016-07-14 13:02 | 映画 | Comments(1)


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 このブログでも何回かにわたってご紹介して来ました「ちえりとチェリー」の被災三県での全国先行上映が次々と始まって来ていました。

 その一ヶ所一ヶ所には、子どもたちの健やかな未来を願う住民の方々の思いの結晶と、数々のドラマがあったのですが、そのひとつに宮城県栗原市の上映がありました。

 本年2月、上映実現の願いを携えて市役所を訪問した私達の思いを、栗原市長さんは熱く受け止めて、上映実現をお約束して下さいました。

 そして、市のご担当課が中心になって実施方法についての検討が加えられ、栗原市が選んだ上映方法は、市内の小学校1年生から4年生1,600名の全員鑑賞を実現し、子どもたちの心に命の輝きを灯そうとの方針でした。

 そして、先日その上映会が開かれ私も行って来ました。

 会場となった栗原市文化会館には、市内各所から子どもたちを乗せたバスが次々と到着し、会場は約700名の子どもたちでいっぱいに埋まりました。

 何せ元気いっぱいの子どもたち…しかも、授業が消えて映画鑑賞になったことへの浮き立つ様な思いもあって、上映前の会場の騒がしさは見事と云いかえてもよい程のものでした。

 そして、時は回り上映開始の時間に…。

 会場の客電が落ちるや、わくわくする映画への期待の表れか、一斉に大歓声が…。

 しかしながら、上映が始まるや、こんな子どもたちの反応は見事なまでに一変、会場は一転して水を打った様な静寂に包まれ、子どもたちは、スクリーンに繰り広げられるちえりの冒険を食い入る様にして見つめ、映画はそのままエンドを迎えたのでした。

 派手なバトルも、下品なギャグもない…ちえりたちが精一杯の思いを込めて「命の輝き」を見つめる54分のドラマを、栗原の子どもたちは、時には涙もぬぐいながら受け止めてくれたのでした。

 子どもたちの心の成長の危機が語られている今、この映画鑑賞会を通して子どもたちは、見事なまでの「感性」のきらめきを私に示してくれました。

 子どもたちの健やかな未来を巡って今問われている最大の問題点は、実は子どもたちの側にあるのではなく、この素晴らしい「感性」に何を伝えるのか…まさに課題は私達大人の側にあることもこの上映会は見事に語ってくれたのです。

 この映画に触れた全ての子どもたちの胸に、この作品の感動が生涯の記憶として残り、自らの心に「命の輝き」を育てる力となることを心から願った雨の栗原市の一日でした。

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会場は元気な子どもたちで満席



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by cinema-tohoku | 2016-07-11 17:36 | 映画 | Comments(0)

「男らしさ」と「潔さ」

 東北初の映画「健さん」の試写会を19日、仙台市内で開きました。

 日頃、シネマとうほくが、お世話になっている方々にまずはご覧いただき、その素直な感想をお聞きすることから事を始めてみようと思ったからでした。

 まさに探る様な思いで開いた試写会、その反響は幸い、熱く大きいものでありました。

 上映終了後、交々に語られた映画への熱い思いは、83年、ひたすらに人に対して誠実に、そして愚直に生き抜いた、高倉健さんの一人の男としての生き様が、そのままの形で観る者の胸に伝わった結果でもあったのだと思いました。

 そして、以前のブログでも触れました「エクレール・お菓子放浪記」の原作者西村滋先生がその一生をかけて語ろうとした「平和」への思いと、自らの人生を閉じるにあたってご手配された心やさしきお心配り…。

 ともすれば社会の劣化が語られる現代社会に、このお二人が残した足跡から私は「男らしさ」と「潔さ」を痛切に感じることになりました。

 ひるがえって、今朝のニュースでは、都知事が無言と無表情をつらぬきながら都庁を後にした映像が…。

 あれほど饒舌に内容の全くない言い訳を語っていたこの方が、一転して無言で都庁を去ったそのあとに残された言葉は、ニューヨーク・タイムズにも語られた「sekoi」の一言。

 何とも暗澹たる思いにさせられたこの間の一連の騒動…。

 そして、そんな彼の姿は、その対局にある最近私が触れた二人の男の姿と重ねて、そのお二人の生き方をより一層際立たせてくれたのでした。

 西村先生が残した人に寄せる限りない愛と、「平和」へのメッセージを、そして映画「健さん」が語る一人の男の誠実な生き様を…。

 伝えてゆきたいのです…。

 今だからこそ…。

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健さん

西村先生






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by cinema-tohoku | 2016-06-21 17:05 | 映画 | Comments(0)


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 「健さん」・・・こんな題名のドキュメンタリー映画が完成、先日関係者向けの試写会がありました。

 日本人なら誰ひとり知らぬ者はない・・・日本映画をまさに代表する名優高倉健さんを描いた初のドキュメンタリー映画です。

製作関係者から、映画製作にあたっては数々の困難な条件があったとお聞きしておりましたので、いささかの不安をかかえながらのスクリーンとの向かい合いでしたが、映画が始まるやたちまちのうちにスクリーンに吸い寄せられ、作品がエンドを打った時には熱い感動が私の胸をいっぱいにしていました。

 「高齢化社会」が語られています。

 この言葉が語られる時、いささかザラツイた思いにさせられるのは、この言葉の背景にある思いが見え隠れするからなのかも知れません。

 “高齢者が増えて国家財政は困難に陥っている・・・まことに困ったものだ・・・”と。

 ともすると「高齢化社会」は社会の負の要因として語られているのが通例なのではないでしょうか。

 しかし、本来高齢者達は、今日の日本の社会を作り上げてきた貢献者であり、その内にはいまだ大きな知恵も力も備わっています。

 そう考えた時、本来あり得べき「高齢化社会」は、高齢者がその最後の瞬間まで自らの力を発揮し、精一杯に社会と向かい合って生きることなのではないかと思えるのです。

 そしてそう思った時、高倉健は、その最後の時まで背筋をのばして時代と向かい合い、美しく生き抜いた一人の高齢者たる日本人であったことに気付かされたのでした。

この作品を見終わった私は、天国から健さんが“ガンバリましょうよ!”こんな声と共に私の背をやさしくたたいてくれた・・・そんな思いにさせられたのでした。

 無思想な、そして垂れ流しの様な映画がスクリーンを占めている日本映画の現状・・・。

 久しぶりに熱い映画に触れ、思わず胸がいっぱいになった「健さん」との出会いでした。


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by cinema-tohoku | 2016-06-07 12:05 | 映画 | Comments(0)

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c川口雅幸/アルファポリス・東映アニメーション

 「虹色ほたる」...こんな美しい題名のアニメーション映画が震災の翌年にあたる2012年に完成、全国公開がされていました。

 思いを込めて製作にあたったのは、これまでも数々の名作を世に送って来た日本アニメ界の老舗東映アニメーション。

 常には、「ワンピース」や「プリキュア」等、東映番線にのせるアニメを製作していましたが、日本にアニメーション文化の新たな地平を拓くべく、大きなそして誇り高い「志」を持ってこの作品の製作にあたったのでした。

 「ちえりとチェリー」の製作委員会のメンバーに加わったことがきっかけでお会いすることとなった東映アニメのA氏から、とにかく是非とも観て欲しい...、こんなご要望を受けて東映アニメの試写室でこの作品と出会うことになりました。

 今は亡き父との思い出を辿って訪れた、ダムの底に「沈んだ筈」の村...。

 そこで少年は、かけがえのない一ヶ月を過ごすこととなったのです。

 大きな、そして美しく輝く自然...心やさしき人々が織り成す地域コミュニティ...熱い友情...そして淡い恋...。

 日本はかくも美しい自然に彩られた国であったことを久しぶりに思い起こされる見事な美術表現の中にこの物語は語られて行きました。

 そして見終わった私の胸は、大きな感動に包まれたのでした。

 経済的な成長のみが語られ、人に対しての許容量も小さくなってしまったかの如き現代社会に生きる私に、この作品は一服の清涼剤となって、かつて私たちの国が持っていた数々の美しいものを私に語ってくれたのでした。

 終了後、A氏とプロデューサーのU氏と懇談となりました。

 この映画の製作にあたっては、あえてCGを排除し、全てを手作業の絵を連ねて作り上げたと...。

 作品の中に描かれる乱舞するホタルの表現さえもが...。

 久し振りに創り手たちの熱い思いの結晶に触れた思いで東映アニメを後にしたのでした。

 さて...いかにしてこの作品を多くの方々にお届け出来るか...そんな思いを頭に巡らせながら...。


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by cinema-tohoku | 2016-05-18 09:43 | 映画 | Comments(1)

 里山の木々をやさしい春の雨がぬらし、心さえ不思議に穏やかにさせられる卯月、思いを込めて製作が続けられて来た「つむぐもの」福井県上映の第一歩となる完成披露試写会が、越前市和紙の里で開催され、600席の会場を満席に埋めた福井県民は、越前を舞台に展開される心のドラマを堪能しました。

 この試写会には、監督の犬童さん、そして主演の石倉三郎さんも駆けつけてくださり、舞台からの心を込めたご挨拶に満場の観客は熱い拍手で応えて下さいました。

 今やほとんどの映画館が「シネコン」にその姿を変え、公開のしくみもすっかり変わってしまいました。

 かつての映画の公開は、都市部から地方へ...数ヶ月をかけて一本の映画が国中に拡がって行ったのでしたが、効率性を重視する「シネコン」はこんな時間のかかることは受け入れませんでした。

 結果、現在は全国一斉公開、そして数字をあげることの出来ない作品はたちまちのうちに切り捨てられてしまうのです。

 まさに大量消費文明を絵に描いた様なしくみが、本来時間もかけて育てるべき「文化」としての映画の世界にまで持ち込まれてしまっているのです。

 それでも「つむぐもの」はこの道を選びませんでした。

 この映画は、その上映にご賛同いただく多くの方々の手にゆだねながら、時間もかけ、そして丁寧に全国に上映の足跡をつむいで行くことを決意しました。

そして、この日はその歩みの第一歩の記念の日となったのでした。

 この映画を支えた数多くの福井県民の“大きく育て!”のお声に送られながら...。

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満員の会場

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監督、石倉さんのご挨拶



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by cinema-tohoku | 2016-05-02 17:16 | 映画 | Comments(0)


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 あの日から5年を越えた3月、被災地の復興を願って一本の映画が完成しました。

 「東北の新月」、カナダにお住まいの日系3世リンダ・オオハマさんが自らのルーツに関わる国の悲劇に触れ、止むにやまれぬ思いで映像化を決意、単身被災地を訪ねながら4年の長い製作期間を経てこの度完成した作品です。

 全国で初の公開が仙台で行われ、お招きに応えて行って参りました。

 この作品も素晴らしい人との巡り合いが織り成されながら完成の日を迎えた作品でした。

 被災地の復興を願って単身東北を訪れたリンダさん・・・しかしながらそれだけではこの作品は完成の日を迎えることはなかったかも知れませんが、東北の復興を願う彼女の熱い願いは、いつの間にか人の心から心へと拡がることになったのでした。

 最初に巡りあったのは、仙台市在住、元英語の教師をされていたSさん、彼女はリンダさんの願いに全面的に共感し、製作支援の人の輪はSさんの周りに一歩一歩拡がって行きました。

 そしてその手は私のもとにまで差し伸べられてきたのでした。

 ご要請に応じて初めてお会いしたSさん・・・、長年にわたって子ども達と向かい合ってきた「やさしさ」を全身から発信させながらも、意志的な瞳が印象に残る・・・Sさんはそんな姿で私の前に立って下さいました。

 請われるまま、映画界の仕組みや映画製作に必要なことなど・・・いくつかのご助言は申しましたが、目前の雑事についつい追われて有効なご助力はほとんど出来ないまま時間は過ぎていきました。

 風の便りに製作運動のご苦労と併せて、一歩一歩完成に向けたご努力を重ねておいでのことは耳に入っていましたが、この度、そのご努力が実って遂に完成の日となったのでした。

 会場を満席に埋めた方々の前には、遠くカナダから駆けつけたリンダさんの姿も・・・。

完成の日に頬を染めたSさん共々、感動的なそしてやさしい披露の日となりました。

 「東北の新月」・・・目には見えなくとも、大きな力が脈打っている・・・そんな東北の心をスクリーンは私たちに語ってくれました。

この作品がこれから歩む道の先に、被災地の復興を願った一日でした。

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舞台挨拶のリンダさん




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by cinema-tohoku | 2016-03-30 12:56 | 映画 | Comments(0)