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カテゴリ:映画( 43 )

 長編アニメーション映画「ちえりとチェリー」宮城県上映運動が、数々のドラマと感動を紡ぎながら、この度無事に終了を迎え、この上映運動の推進役だった、映画「ちえりとチェリー」宮城県上映推進委員会の閉会総会が開かれ、長かった上映運動に終止符を打ちました。

 振り返って見れば、足かけ3年に及ぶ長い長い運動の足跡でした。

 子どもたちの心の成長と被災地支援の願いを携えて製作側から持ち込まれたこの作品は、見事な完成度と、掲げるテーマ“命の輝き”がきらめいていた素敵な作品でした。

 配給をお引き受けして、先ずは被災地での上映を・・・こんな製作側の願いを背に石巻に足を運んだのは2015年秋のことでした。

 そして、私たちの思いを受け止めて上映を実現して下さったのは、石巻子ども劇場のお母さんたちでした。

 短い準備期間でしたが、市民に向けた丁寧な呼びかけは実を結び、20162月震災から4年の記念上映会となった全国初の上映には、多くの親と子が足を運んで下さいました。

 そしてこの日、この作品は全国で初めて子どもたちと向かい合うこととなったのでしたが、この上映に見せた子どもたちの反響はまさに見事なものでした。

 54分の上映時間の間、会場は水を打った如き静けさに包まれ、多くの子どもたちが涙をぬぐいながらこの作品を受け止めてくれたのでした。

 この反響を受け、宮城県全県にわたる上映運動組織は立ち上げられ、そして5000名にのぼる観客と手を携えた子どもの未来を語る上映運動は、この日閉幕を迎えたのでした。

 昨年から今年にかけて、日本の興行界では一本のアニメが驚異的な大ヒットを続けています。

 「君の名は」、昨年夏公開以来、240億円を越える興収をあげた記録的な作品です。

 それにしてもすごい数字なのです・・・・・公開から半年を数えるというのに いまだ興収ベストテンを譲らず、一体どこまで数字を伸ばすのか・・・。

 それでも へその曲がった私は、いささかの違和感をもってこの大ヒットを受け止めています。

 日本人は、いつの間にこんなにも「ムレタガル」様になってしまったのかと・・・。

 街に行列があれば無批判にそこに並び、そして社会の動向に関っては大勢に組する・・・。

 少なくとも映画は、嗜好品としての文化であるのだと思います。

 人がそれぞれに異なる個性を持っているように、人の好みもそれぞれに異なるものだと思えるのに、昨今、まさに一色に染まろうとしているかの如く思えてならないのです。

 そんな傾向が単に映画の枠に止まらずに、多様性を認めない社会の息苦しさにつながらなければ・・・こんなことを危惧せざるを得ないのです。

 ともあれ、こんな時代の中に「ちえりとチェリー」を涙と共に受け止めた宮城の子どもたちの胸にこの作品がいつまでも息づいて欲しい、そしてこの映画との出会いが、子どもたちの人格形成にいささかでも寄与できれば・・・。

 そんな思いを強く抱かせた上映運動でした。

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閉会総会で善意の寄付金が、あしなが育英会に

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by cinema-tohoku | 2017-02-21 16:56 | 映画 | Comments(0)
 新年のごあいさつのブログに触れました。

 私の胸の中に長年にわたって暖め続けて来た企画が、急速にその実現に向けて動き出しました。

仮題ですが「疎開保育園物語」と名付けた作品です。

 
 時は1944年にさかのぼります。

 東京品川区戸越には、子どもたちの命を育む小さな保育所がありました。

 この頃には、戦争もいよいよ敗色が日増しに濃くなり、東京への空襲はもはや避けられないところにまで来ていました。

 そんな状況を背景に、幾度にもわたった議論の末に、戸越保育所は大きな決断を下したのでした。

 子どもたちの命を守るため、日本で初めての保育所の地方への疎開という決断を・・・。

 しかしながら、下は3才からのまだ学齢にはほど遠い子どもたち・・・、保育所は保護者たちに何度も説明会を行い、この決断は実現に向けて動き出したのでした。

 そして194411月、53名の子どもたちと、11人の年若き保母たちとの疎開保育所は、埼玉県平野村の荒れ寺で始まりました。

 いつ果てるとも知れない疎開先での生活の日々は、子どもたちにとっても、そして24時間保育を強いられた保母たちにとっても過酷な毎日でした。

 それでも子どもたちは保母を信頼し、つらくともその生活の中に楽しい思い出も刻みながら育っていました。

 そして、1945310日、東京大空襲の日がやって来たのでした。

 遠くに望む東京の空が赤く染まり、不安な思いで一夜を過ごした保育所は、翌日東京に一人の保母を派遣しました。

 茫然としたまま帰って来た彼女の語る報告に、保母たちは言葉もありませんでした。

 一夜にして沢山の方々の命が奪われ、子どもたちの家族にもその被害はおよんでいたのでした。

 なかでもあの年、やっと5歳を迎えていた健ちゃんは、両親と祖父、幼い妹までもが命を奪われ、一夜にして“孤児”になってしまっていたのでした。

 健ちゃんにその悲しい事実を告げる保母の胸は悲しみにつぶれ、必死にその話を受け止める健ちゃんの目には大粒の涙が光っていました。

それでも戦火から子どもたちの命を守ろうと決意した保母たちは、数々の困難を乗り越えて、19458月、一人の子どもの命も失わずに戦争の終結を迎えたのでした。

 

 日本の歴史の中にほとんど埋もれていたこの事実の映画化企画が初めてあがったのは1984年のことでした。

 映画化を前提としての原作も出版され、準備を進めていたのでしたが、実現出来ずに終わった要因は、学齢前の子どもたちに演技をつけられないのでは・・・との危惧からでした。

それでもこの企画は、私の胸の中に長い年月を経て住み続けていたのでした。

 世に出ることになったきっかけは、日本映画界に数々の足跡を残してきたプロデューサー李鳳宇(リボンウ)さんとの出会いからでした。

李さんとの会話の折にこの企画の話をしたところ、彼は大感激!

 原作を読んだ上で、彼の会社に計り、幸い製作は決定、映画化への道は急速に動き出したのでした。

 いつまでも続く平和と、子どもたちの輝く未来を願って・・・。

 長年の私の夢は、明年春一本の映画となってこの世に生を授かりそうです。

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疎開保育園の保母と子ども


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by cinema-tohoku | 2017-02-09 16:09 | 映画 | Comments(0)

 以前もブログでご紹介しておりました、映画「母」が無事完成を迎え、試写会に行って参りました。
「母」は、これまでも数々の社会的なテーマを取り上げ、旺盛な製作活動を続けて来た、独立プロの老舗、現代ぷろだくしょんが、三浦綾子さんの原作を得て製作に取り組んで来た作品です。
 監督をつとめたのは、御年84歳になられる山田火砂子さん‥…この作品の東北地区配給をお引き受けして以来、何度かにわたってお会いして参りましたが、何せお元気!
お年相応にお足はいささか不自由になってはいるものの、頭とお口はまことにお達者、ご高齢を感じさせない情熱でこの作品の演出にあたられたのでした。
 拝見した作品は、主役をつとめられた寺島しのぶさんの名演につきるものでした。
 秋田県の片田舎、釈迦内村に生まれ、小林家に嫁いで4人の子どもを生み育て、ひたすら夫を信じ、子どもたちを愛しながらその生涯を生き抜いた小林セキの心を、名優寺島さんは見事に演じて私たちに語って下さいました。
 無学で、文字の読み書きも出来なかったセキ……それでも彼女の子どもたちに寄せた純粋な愛は、多喜二の命を奪ったあの時の不当な社会への怒りともなって、彼女を大きく成長させもしたのでした。
 そして、その人生の最後の時を、一人のクリスチャンとして静かに迎えたセキ…。
 そんな 人に向けたセキの無償の愛に彩られた一生を、寺島さんは見事にその演技で私たちに語ってくれたのでした。
 2月から全国、そして東北では5月から始められる「母」の上映。 皆様方のおいでを心よりお待ち申し上げております。

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山田監督と


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by cinema-tohoku | 2017-01-25 11:51 | 映画 | Comments(0)

前回のブログで「君の笑顔の会いたくて」の初山監督について触れました。

今回は、脚本を担当する西井史子さんについて・・・。

西井さんは奈良県にお生まれになり、一般企業の経験を経て、脚本家への道を歩まれた方です。

初山監督とメインスタッフの件で、ご相談していた折に、脚本家の候補として監督から出された西井さんのお名前に私はビックリ!

西井さんは、私にとって忘れることの出来ない製作作品となった「エクレール~お菓子放浪記」の脚本をご担当いただいた方だったのでした。

あの時、東京秋葉原で行われた初めての顔合わせに現れた西井さんのお姿に、ビックリさせられた記憶が今でも鮮明に残っています。

西井さんは、勝手ながら私が描いていた脚本家のイメージとは全く異なるお姿だったからです。

ご年齢は不詳ながら、そのお顔は愛くるしい程の若さに彩られ、語られるお言葉はまるで少女の如き響きとなって私の耳を打ったのでした。

この人が果たして・・・いささかの不安は、その後の脚本の作業で霧散・・・。

とにかく粘り強く彼女は稿を重ねて下さり、見事な決定稿は完成を迎えたのでした。

不思議なご縁で又、ご一緒の仕事となったのですが、彼女は変わらぬ粘りと情熱で完成台本に向けた仕事にあたって下さっています。

私たちが思いを込めて製作にあたるこの作品の、メインスタッフの2名がいずれも私にとってご縁のあった方々・・・。

不思議な運命が、作品の大成功へと私たちを導いてくれているのかも知れません。

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エクレール~お菓子放浪記


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by cinema-tohoku | 2016-12-16 15:34 | 映画 | Comments(0)
 「君の笑顔に会いたくて」の製作準備が進んでいました。

 この作品で監督をつとめることになるのが初山恭洋さんです。

初山さんは北海道にお生まれになり、映像の世界を志し、テレビ・映画界の重鎮深町幸男監督に師事、その後多くのドラマや映画にその演出の腕を磨いて来られた方です。

 私は、2008年に公開となった、映画「那須少年記」の配給で初めてご一緒することになりました。

 風に吹かれれば倒れてしまいそうな細いお体ながら、メガネの奥の瞳に熱い力をたたえて初山さんは私の前に現れました。

 お話をして、その誠実さに心地良い思いにさせられたものでしたが、作品の演出にあたっても彼は、誠実な姿勢で、これにあたったのでした。

 「那須少年記」は、戦後まだ間もない頃の栃木県那須地方を舞台に、大きな、そして美しい自然に育まれながら、その未来に向けて傷つきながらも成長する少年たちの姿を描いた作品でした。

 当然ながら、この作品には多くの少年、少女が出演していました。

 その役を演じたのは、今やすっかり中堅俳優として大活躍の太賀や、まだデビュー間もなかったAKB48の前田敦子など・・・。

 初山さんは、こんな少年、少女たちの実際の心の成長をもねらって、皆で那須に合宿生活、そして撮影にあたっては「順撮り」の手法でこれにあたっていたのでした。

 映画の撮影は普通のケースでは、シナリオの各シーンを順番に撮るのではなく、設定された情景のシーンをそれぞれに全て撮って、後で編集でつないで完成となります。

 その方が、同じ場所に何度も足を運ぶ必要もなく、製作費の節約が計られるからなのです。

しかしながら初山さんは、合宿の期間中に成長するであろう子どもたちの心を信じて、映画ではまれな「順撮り」でこの撮影に望んだのでした。

 彼のねらいは見事に映像化され、担任の先生を守るため、子どもたちが立ち上がったラストシーンでは、彼らは見事な「感動的な演技」でこれに応えてくれたのでした。

 そして、それからずい分の時間が経って又、初山さんとご一緒することになったのです。

 私たちも製作の一翼を担う、そしてここ宮城から発信する心やさしき企画で・・・。

 きっと彼は、その持ち前の誠実さで、私たちの期待に見事に応えてくれることでしょう。


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那須少年記


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by cinema-tohoku | 2016-12-15 17:18 | 映画 | Comments(0)

先日東京出張の折、時間を見つけて一本の映画を観ました。

 今、一本の映画製作の企画を私の胸に暖めていまして、その関わりで観ておこうと思ったからでした。

 2015年、香港映画興行収入No1.に輝いた実話にもとづいたドラマ。

 資金不足で先生が一人も居なくなり、5人の園児が取り残された香港郊外の幼稚園の園長を、信じられない薄給で引き受けた一人の女性・・・。

 それでも彼女の子どもたちに寄せる「教師」としてのこころは、子どもたちを、そしてその親たちの心をもつかみ、廃園寸前だった幼稚園を見事に再生させた、まるでおとぎ話の様な奇跡の物語でした。

 主人公が、困難を承知で園長を引き受けるくだりには若干の無理がありながら、そんなことはいつの間にか忘れさせる心地良いテンポでドラマは進み、そして大団円に・・・。

 観終わった私の胸には幸せな感動が残ったのでした。

 香港映画なのに、派手なバトルもアクションもなく、ひたすら子どもたちの夢を叶えようとする大人達と、その愛情をしっかりと受け止め、自らの未来に向けて成長しようとする子どもたちの姿に、久し振りにたっぷりと涙を流した1時間52分でした。

 統計を取り始めてから24年、毎年右肩上がりで増え続ける「児童虐待」の実相・・・。

横浜で明らかになった、福島から避難生活を送る子どもに浴びせられた不当な“いじめ”と、それを放置した学校の対応のおぞましさ・・・。

 日本での子どもたちを取り巻く実態に日々触れ、何とも暗澹たる思いにさせられていた私の胸を、この映画はさわやかな一陣の風となって吹き抜けたのでした。

 全ての子どもたちに限りない「夢」と「未来」を願う風となって・・・。

 それにしてもこの映画に登場する子どもたちの“演技”の素晴らしさ・・・。

 撮影当時は4才と5才だった子どもたちが繰りひろげる“名演技”にはまさに脱帽の思いでした。

 “子どもと動物に勝る名優はいない”と語られますがまさにその通りの一作。

 皆様もご一見を・・・・・・。

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by cinema-tohoku | 2016-11-28 16:15 | 映画 | Comments(0)

 何度かご紹介していました「君の笑顔に会いたくて」(仮称)の製作準備が進んでいました。

 先日、私たちがこの作品の中で名取市と並んで撮影地として設定したいと願う、岩沼市の市長さんをお訪ねして参りました。

 私の語るこの作品の企画に市長さんは幸いご賛同いただき、ご協力を約して下さいました。

 その折に、市長さんから撮影スポットとしておすすめいただいたのが「千年希望の丘」でした。

先日、名取市を訪れた時、足をのばしてロケハンに行って参りました。

2011年東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた岩沼市沿岸部に震災瓦礫を活用して、最終的には15基の丘を造成し、再度の津波の際にはその力を減衰させ、又震災の記憶を伝えるメモリアル公園としての役割もになってこの丘の事業は始ったのでした。

 いまだにあの日の爪痕が生々しく残る海岸線に、それでもこの丘は広く太平洋と仙台空港を望みながら、スッキリとその存在を主張する様に姿を表していました。

 あれから5年… いまだに深い傷跡を語る町がある反面、その復興に向けて確かな歩みをおこした町もあることを、この丘は私に語ってくれたのでした。

  何とかシナリオを工夫して、この丘が語る「希望」と「未来」へのメッセージを映画の中に取り込んで見たい・・・・そんな思いにさせられたロケハンでした。

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青空を背景にした丘
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中心の慰霊碑



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by cinema-tohoku | 2016-11-16 14:45 | 映画 | Comments(0)

 台風の接近が報じられる悪天候の中、東京新宿の安田生命ホールは、より良き高齢化社会を願う多くの方々で満席に埋まっていました。

 新宿に拠点を置く京王デパートの方から、映画「僕がジョンと呼ばれるまで」の上映についてのお問い合わせがあったのは、まだ新緑がまぶしい春のことでした。

 これにお応えしてお訪ねした私に、京王デパート友の会のご担当者の方はこんな思いを語ってくださいました。

  “京王デパート友の会会員さんの平均年齢は66歳となる・・・。

 そんな会員の方々の最大の不安の一つが認知症についてのこと・・・。

  「僕がジョンと呼ばれるまで」の話を耳にしたが、この作品が会員さんの不安に応

えてくれるものなら上映したい・・・。

一度作品を観せてほしい・・・。

 このご要請にお応えしてDVDをお貸しして数日後、是非上映をしたい・・・とのご連絡があり、この日はいよいよその上映の当日でした。

 あいにくの天候、お客様の出足も心配されましたが、幸い会場は上映前には満席となり、友の会会員の皆様は、時には笑い、そして時には涙を拭きながらこのドキュメンタリー映画を堪能してくださいました。

 それにしてもこの作品、まこと不思議な力をもった作品なのだと思います。

 これまで認知症は、決してその症状が回復することはない、と語られてきました。

 一旦家族がこの病にかかるなら、それは家庭の、そして地域社会の崩壊にもつながることだと思われてきました。

 その認知症が、「読み」「書き」「計算」の「脳トレ」でその症状を改善させることが出来る・・・。

 このことは、超高齢化社会を迎えた今日の社会に差し込んだ見事な一条の光でした。

 上映終了後、交々に感想を語りながら会場を後にした皆様方の笑顔を拝見して、もっと多くの方々にこの作品をお伝えしなければ・・・・・。

 そんな思いを胸に強く刻んだ雨の新宿の一日でした。

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by cinema-tohoku | 2016-09-21 18:41 | 映画 | Comments(0)

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 「母」…こんな題名の作品が今月クランクイン、12月の完成をめざして制作をスタートさせることとなりました。

 製作を手掛るのは現代ぷろだくしょん、日本の独立プロ製作会社としては大いなる「老舗」、その設立は1951年にさかのぼります。

 現代ぷろは、主に「社会派」と呼ばれる作品を数多く手がけ、1956年に公開された八海事件をテーマにとった「真昼の暗黒」は当時のキネ旬ベスト1にも輝くこととなりました。

 私が現代ぷろを知ったのは大学時代でした。

 思いを同じくする仲間たちと地域で映画サークルを立ち上げ、映画を通して社会と向かい合うべく活動を続けていた折、巡り合ったのがこの「真昼の暗黒」でした。

 日本の司法当局が、そして警察権力が、不当にも無実の者に罪をかぶせようとする「冤罪」の実相に慄然とさせられながらも、底流に横たわる「真実」をテンポよく、しかも分かりやすく面白く一本のドラマに仕立てた今井正監督の力量にも感銘したことを記憶しています。

 そして、その次に現代ぷろと巡り合ったのは、私が映画の道に進んでまだ間もない頃、現代ぷろが製作した「はだしのゲン」を通してのことでした。

 一見誇張した演出はマンガの様にも思われたものでしたが、この作品は当時の親と子の平和に向けた心をしっかりとつかみ、空前の大ヒット作品となり、その後何作かの連作ともなり、日本の独立プロ史に大きな一ページを飾ることとなったのでした。

 それ以降、現代ぷろは「平和」と「人権」をテーマに絶えることなく作品を世に送り出し続けて来ました。

 1998年、会社設立からその先頭に立って、プロデューサーとして、そして監督として現代ぷろをけん引して来た山田典吾氏が他界後は、その奥様火砂子氏がその後を引き継ぎ、これも見事な製作を続けていらっしゃったのでした。

 そんな山田火砂子さんから、シナリオを添えたごていねいなお手紙を頂戴致しました。

 長年の企画がやっと実って「母」の製作に着手するので力を貸して欲しい…そんなお言葉が綴られていました。

 この作品はキリスト教に根ざした数々のヒューマンな作品を世に送り出して来た三浦綾子さんが、小林多喜二の母をテーマに描いたロングセラーを原作にとったもので、今の時代に「人権」と「民主主義」を高らかに語ろうとするものでした。

 又、この映画で多喜二の母役を演じることになったのは、日本映画界の名優寺島しのぶさん、山田さんの思いに全面的に賛同して、東北での配給をお引き受けしたのでした。

 人の幸せを願って小説を書き続けた小林多喜二の魂は、その母の無償の愛に支えられて一本の映画に結晶し、明年全国に向けた旅を始めます。


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by cinema-tohoku | 2016-09-09 17:54 | 映画 | Comments(0)

 一本の映画の製作企画を立ち上げ、それを完成に導き、そして更には全国公開を実現して多くの方々にご覧いただく...。

 この一連の流れの中には、とても長い時間と数多くの方々の手が必要ですし、更には乗り越えなければならないいくつもの困難な課題もあるのです。

 それなのに、そんな数々の困難を予想しながらも、今又一本、新たな映画の製作の準備を始めていました。

 以前のブログでご紹介しました「君の笑顔に会いたくて」(仮題)がそれです。

 何故に数々の困難が予想されているのに、又新たな映画製作に立ち上がろうとするのか...。

 振り返ってみるとその原点は、このテーマを...この事実を...この人を...何としても映像化して多くの方々の胸にお届けしたい...そんな映画製作の「きっかけ」となった思いが私の胸を揺り動かしたからなのかも知れません。

 そして今度の作品の「きっかけ」は、映画の原作者であり、モデルでもある宮城県名取市在住の保護司大沼えり子さんとお会いしたことからの始まりでありました。

 大沼さんは2001年保護司になりました。

 そして、この年の少年院の参観で、少年たちがその更生に向かおうとする姿に触れ、大きな感銘を受けたのでした。

 彼らのために何かしなければ...、そう思った大沼さんは、以前経験のあったDJ番組を製作し、施設の中の少年達に「こころからこころへのプレゼント」として届けることを決意したのでした。

 そんな彼女の思いは、幸い多くの方々の共感となり、それ以来毎月一時間の番組を、15年にもわたって東北・北海道の3少年院に送り届けて来ました。

 そのかたわら、彼女は保護司として、少年院を仮退院した子どもたちの社会での自立にも精一杯の援助の手を差し伸べて来ました。

 そして子どもたちは、彼女の温かい手に支えられながら、それぞれの未来に向けて新たな旅立ちを果たして行ったのでした。

 時代の閉塞感が語られ、たくさんの子どもたちがその道を失ってしまった様な現代社会に、大沼さんが、そしてたくさんの保護司さんたちが、そんな子どもたちを受け入れ、支えている姿に触れた時、いかなる困難があってもこの映画化を実現し、全国の方々の胸にお届けしたい...そんな思いにさせられたのでした。

 人が人として生きることの出来る...そして、一切の差別も偏見もない社会を作り上げるために...。

 こんな私たちの願いは、一本の映画となって来年初夏、その命を授かることになりそうです。

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by cinema-tohoku | 2016-08-23 10:10 | 映画 | Comments(0)