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 「おおきくなぁれ」(仮題)を支えて下さる方をお訪ねする旅が続いていました。

 今日は、南アルプス市で民間の保育所を営むFさんとのご面会を求めて山梨県を訪れました。

 一日中降り続いた昨日の雨がまるで嘘の様に、すっかり晴れ渡った青空を背景に、南アルプス、富士山、そして八ヶ岳の山々がその山頂を白く染めた姿で私を迎えてくれました。

 以前のブログにも触れましたが、Fさんは保育園で園長さんをつとめる奥さまとご一緒に「じんじん」の見事な上映をつくりあげていただいた方・・・。

 それ以来何度かお会いして親交を深めていたお方でした。

 Fさんならきっと「おおきくなぁれ」(仮題)の製作にご賛同いただける・・・。

 そんな思いを携えての再会でした。

 ごぶさたのお詫びを申し上げながら語り始めた「疎開保育園」の史実に・・・あの過酷だった戦火の時代に、それでも必死の思いで子どもたちの命を守り抜いた若き保母たちの心に…保母を信頼して、精いっぱいの思いでその未来に向けて生きて行こうとした子どもたちの姿に・・・語るうちにFさんの目はまっ赤に染まり、私が話し終えるや、市民プロデューサーに参加させて下さい・・Fさんは力強く私に伝えて下さいました。

 いささかの不安な思いも胸の片隅にかかえながらスタートした市民プロデューサーの製作運動でしたが、思いもよらない熱い反響がその数を既に目標の50%を超えるところにまで拡げて来たのは、今この作品を全国の方々の胸にお届けすることがいかに大切なことか・・・この思いが届いたからなのかも知れません。

 これからたどる道への、小さな確信も胸に抱きながら、信州松本での「君の笑顔に会いたくて」準備会に参加し、4日間の旅を終えたのでした。

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車窓から望む南アルプス_

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遠くに雪をかぶった北アルプス



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by cinema-tohoku | 2017-11-01 14:34 | Comments(0)


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親による虐待や子殺し、子どもたちの貧困といじめ、そして子どもたちを取りまく孤独…まるで子どもたちの未来に赤信号が灯ってしまった様な現代社会…。

 子どもたちの健やかな成長が、地域社会と国の未来の最低条件であるとしたなら、この状況は国の未来の危機と云いかえても過言ではないかも知れないのです。

 こんな時代に、それでもひたすらに子どもたちのそばに寄り添いながら、その健やかな未来を願って活動する一人の女性が居ます。

 宮城県名取市在住の保護司、大沼えり子さんです。

 大沼さんは保護司となって、心ならずも犯罪を犯しながらもそこから立ち直り、新たな未来を目指して苦悩する子どもたちと向かい合うことになりました。

 そして、その犯罪の根底にあるものが、又その更生を困難にさせているものが「地域社会と家族の崩壊」にあることに気づいた彼女は、全力をあげてその更生を実現するべく長年に亘って努力を続けて来たのでした。

 そして、一人…又一人と、子どもたちは彼女の手から、新たな未来に向けて巣立って行きました。

 こんな彼女の活動は、いつの間にか多くの方々の共感となり、彼女の周りには心やさしき人々が集い、立ち直りを支える大きな人のかたまりともなっていったのでした。

 大沼さんをモデルに製作しようとする映画「君の笑顔にあいたくて」(仮題)は、こんな彼女の活動と、そこから生まれる苦悩と喜びを通して、子どもたちの輝く未来を語ろうとするものです。

 閉塞感が語られる現代社会に、もう一度心やさしき人と人との心を通わせようとするこの企画は、明年初夏、一本の映画となって完成するべくその製作準備がスタートしました。

 このブログでも順次製作準備状況をお伝えしてゆきます。

ご期待下さい。


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by cinema-tohoku | 2016-07-01 16:20 | Comments(0)


 西村滋先生...私たちが製作を手がけた映画「エクレール・お菓子放浪記」の原作者西村滋先生が21日、91年の平和を求めて歩み続けた長い旅を終え、その人生の幕を静かに閉じられました。

 以前からお体の調子が今ひとつ...とはお聞きしていましたが、朝開いた新聞紙面に先生の訃報を目にし、信じられぬ思いで先生のお仲間の方にお電話、最後のご様子をお聞きするや、先生のおやさしいお顔が目の前に浮かび思わず落涙、遠く仙台から西村先生のご冥福をお祈り致しました。

 私が初めて西村先生とお会いしたのは今から何年前のことだったでしょうか。

 静岡駅前のホテルにおいでになった先生は、特徴的な“三日月”の如きお顔に満面の笑みを浮かべて映画化の企画を喜んで下さいました。

 そしてそれ以降、西村先生は幾度にもわたってやさしい手のぬくもりで私を支えて下さいました。

 これまで先生が歩んでこられた道には、語りつくせないほどの困難があった筈なのに、先生はそのことはおくびにも出さずに、おやさしい目を細めて私を見守って下さいました。

 西村先生との出会いと、心やさしきその支えがなければ、震災以降の困難に私は崩れ落ちてしまっていたのではないかと今思えるのです。

 昭和の戦火の時代を生き抜いた西村先生がその生涯をかけて願ったものは「平和」でした。

 今、西村先生のお顔を胸の中に思い浮かべながら、先生がかかげた「平和」のバトンを受け継ぐ決意をそのお姿に語りかけたのでした。

 これまでの長い長い道...ご苦労さまでした...今はただ...安らかにお眠り下さい...合掌

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石巻で行われた撮影には、お仲間の方々とバス一台でおいでいただきました。



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by cinema-tohoku | 2016-05-27 11:19 | Comments(0)