一本の映画を企画して、これを無事完成に導くまでには、不測の事態も含め何やかやあるものなのです。
 しかも、この度の「君の笑顔に会いたくて」は、極めて短時間の中に全てが集中してしまい、これに追われて、てんやわんやの毎日です。
 不測の事態とは、急な監督の交替でした。
 当初から監督に予定して、ここまでシナリオ作り等、ご一緒にやって来た初山監督が、お体の事情で急に降板せざるを得なくなったのでした。
 まさに予測もしていなかった事態ではありましたが、シナリオはここまでにほぼ完成となっていましたし、初山さんが後任に指名した植田さんは、当初からこの映画づくりに加わっていたこともあり、何とか乗り越えることが出来たのでしたが、この間空費してしまった時間のロスが今、大きく私たちの前にのしかかって来たのでした。
 まずもってキャスティングの件がありました。
 これは、キャスティングを担当するプロデューサーのまさに獅子奮迅の努力で、幸い手当てが出来ました。
 主役の保護司役には、監督の熱い要請で演技派女優の洞口依子さん、その夫役には筧利夫さん、そして更に石丸謙二郎さん、かとうかず子さん、雛形あきこさん、等々‥…。
 こんな短時間によくも・・・と思う多彩なキャスティングとなりました。
 次に、シナリオに基づくロケ地選定の「ロケハン」の課題がありました。
 これは、ロケ地となる宮城県名取市、岩沼市、川崎町の方々の献身的なご助力で短時間の中に急速に展開し始めました。
 又、出演者のオーディションを東京と仙台で行うこととなり、このお知らせと対応…。ロケ隊受け入れの宿等の手配。
 そして、324日に予定した「製作上映支援宮城県民の会」発会総会と、引き続き行われる「製作発表会」の準備等々・・・。
 こんな全てのことが、416日に予定されたクランクインまでに行わなければならないのです。
 以前、私たちが製作した「エクレール・お菓子放浪記」では数ヶ月かけて準備していたことを、1ヶ月程の中につめ込まなければならない、この度の製作準備は、私に緊張の毎日を強いているのです。
 それでも、私たちが企画した映画が、一歩一歩その形を整え、更にはこの映画づくりに多くの宮城県民の手が添えられ始めて来ていることに、喜びを感じざるを得ないのです。
 まさに目の回るような緊張の日は、4月下旬のクランクアップまでは続きそうです。

a0335202_17214228.jpg


[PR]
# by cinema-tohoku | 2017-03-10 17:27 | 映画 | Comments(0)

 長編アニメーション映画「ちえりとチェリー」宮城県上映運動が、数々のドラマと感動を紡ぎながら、この度無事に終了を迎え、この上映運動の推進役だった、映画「ちえりとチェリー」宮城県上映推進委員会の閉会総会が開かれ、長かった上映運動に終止符を打ちました。

 振り返って見れば、足かけ3年に及ぶ長い長い運動の足跡でした。

 子どもたちの心の成長と被災地支援の願いを携えて製作側から持ち込まれたこの作品は、見事な完成度と、掲げるテーマ“命の輝き”がきらめいていた素敵な作品でした。

 配給をお引き受けして、先ずは被災地での上映を・・・こんな製作側の願いを背に石巻に足を運んだのは2015年秋のことでした。

 そして、私たちの思いを受け止めて上映を実現して下さったのは、石巻子ども劇場のお母さんたちでした。

 短い準備期間でしたが、市民に向けた丁寧な呼びかけは実を結び、20162月震災から4年の記念上映会となった全国初の上映には、多くの親と子が足を運んで下さいました。

 そしてこの日、この作品は全国で初めて子どもたちと向かい合うこととなったのでしたが、この上映に見せた子どもたちの反響はまさに見事なものでした。

 54分の上映時間の間、会場は水を打った如き静けさに包まれ、多くの子どもたちが涙をぬぐいながらこの作品を受け止めてくれたのでした。

 この反響を受け、宮城県全県にわたる上映運動組織は立ち上げられ、そして5000名にのぼる観客と手を携えた子どもの未来を語る上映運動は、この日閉幕を迎えたのでした。

 昨年から今年にかけて、日本の興行界では一本のアニメが驚異的な大ヒットを続けています。

 「君の名は」、昨年夏公開以来、240億円を越える興収をあげた記録的な作品です。

 それにしてもすごい数字なのです・・・・・公開から半年を数えるというのに いまだ興収ベストテンを譲らず、一体どこまで数字を伸ばすのか・・・。

 それでも へその曲がった私は、いささかの違和感をもってこの大ヒットを受け止めています。

 日本人は、いつの間にこんなにも「ムレタガル」様になってしまったのかと・・・。

 街に行列があれば無批判にそこに並び、そして社会の動向に関っては大勢に組する・・・。

 少なくとも映画は、嗜好品としての文化であるのだと思います。

 人がそれぞれに異なる個性を持っているように、人の好みもそれぞれに異なるものだと思えるのに、昨今、まさに一色に染まろうとしているかの如く思えてならないのです。

 そんな傾向が単に映画の枠に止まらずに、多様性を認めない社会の息苦しさにつながらなければ・・・こんなことを危惧せざるを得ないのです。

 ともあれ、こんな時代の中に「ちえりとチェリー」を涙と共に受け止めた宮城の子どもたちの胸にこの作品がいつまでも息づいて欲しい、そしてこの映画との出会いが、子どもたちの人格形成にいささかでも寄与できれば・・・。

 そんな思いを強く抱かせた上映運動でした。

a0335202_16475119.jpg

閉会総会で善意の寄付金が、あしなが育英会に

a0335202_16480261.jpg

[PR]
# by cinema-tohoku | 2017-02-21 16:56 | 映画 | Comments(0)
 新年のごあいさつのブログに触れました。

 私の胸の中に長年にわたって暖め続けて来た企画が、急速にその実現に向けて動き出しました。

仮題ですが「疎開保育園物語」と名付けた作品です。

 
 時は1944年にさかのぼります。

 東京品川区戸越には、子どもたちの命を育む小さな保育所がありました。

 この頃には、戦争もいよいよ敗色が日増しに濃くなり、東京への空襲はもはや避けられないところにまで来ていました。

 そんな状況を背景に、幾度にもわたった議論の末に、戸越保育所は大きな決断を下したのでした。

 子どもたちの命を守るため、日本で初めての保育所の地方への疎開という決断を・・・。

 しかしながら、下は3才からのまだ学齢にはほど遠い子どもたち・・・、保育所は保護者たちに何度も説明会を行い、この決断は実現に向けて動き出したのでした。

 そして194411月、53名の子どもたちと、11人の年若き保母たちとの疎開保育所は、埼玉県平野村の荒れ寺で始まりました。

 いつ果てるとも知れない疎開先での生活の日々は、子どもたちにとっても、そして24時間保育を強いられた保母たちにとっても過酷な毎日でした。

 それでも子どもたちは保母を信頼し、つらくともその生活の中に楽しい思い出も刻みながら育っていました。

 そして、1945310日、東京大空襲の日がやって来たのでした。

 遠くに望む東京の空が赤く染まり、不安な思いで一夜を過ごした保育所は、翌日東京に一人の保母を派遣しました。

 茫然としたまま帰って来た彼女の語る報告に、保母たちは言葉もありませんでした。

 一夜にして沢山の方々の命が奪われ、子どもたちの家族にもその被害はおよんでいたのでした。

 なかでもあの年、やっと5歳を迎えていた健ちゃんは、両親と祖父、幼い妹までもが命を奪われ、一夜にして“孤児”になってしまっていたのでした。

 健ちゃんにその悲しい事実を告げる保母の胸は悲しみにつぶれ、必死にその話を受け止める健ちゃんの目には大粒の涙が光っていました。

それでも戦火から子どもたちの命を守ろうと決意した保母たちは、数々の困難を乗り越えて、19458月、一人の子どもの命も失わずに戦争の終結を迎えたのでした。

 

 日本の歴史の中にほとんど埋もれていたこの事実の映画化企画が初めてあがったのは1984年のことでした。

 映画化を前提としての原作も出版され、準備を進めていたのでしたが、実現出来ずに終わった要因は、学齢前の子どもたちに演技をつけられないのでは・・・との危惧からでした。

それでもこの企画は、私の胸の中に長い年月を経て住み続けていたのでした。

 世に出ることになったきっかけは、日本映画界に数々の足跡を残してきたプロデューサー李鳳宇(リボンウ)さんとの出会いからでした。

李さんとの会話の折にこの企画の話をしたところ、彼は大感激!

 原作を読んだ上で、彼の会社に計り、幸い製作は決定、映画化への道は急速に動き出したのでした。

 いつまでも続く平和と、子どもたちの輝く未来を願って・・・。

 長年の私の夢は、明年春一本の映画となってこの世に生を授かりそうです。

a0335202_16172830.jpg

疎開保育園の保母と子ども


[PR]
# by cinema-tohoku | 2017-02-09 16:09 | 映画 | Comments(0)

 以前もブログでご紹介しておりました、映画「母」が無事完成を迎え、試写会に行って参りました。
「母」は、これまでも数々の社会的なテーマを取り上げ、旺盛な製作活動を続けて来た、独立プロの老舗、現代ぷろだくしょんが、三浦綾子さんの原作を得て製作に取り組んで来た作品です。
 監督をつとめたのは、御年84歳になられる山田火砂子さん‥…この作品の東北地区配給をお引き受けして以来、何度かにわたってお会いして参りましたが、何せお元気!
お年相応にお足はいささか不自由になってはいるものの、頭とお口はまことにお達者、ご高齢を感じさせない情熱でこの作品の演出にあたられたのでした。
 拝見した作品は、主役をつとめられた寺島しのぶさんの名演につきるものでした。
 秋田県の片田舎、釈迦内村に生まれ、小林家に嫁いで4人の子どもを生み育て、ひたすら夫を信じ、子どもたちを愛しながらその生涯を生き抜いた小林セキの心を、名優寺島さんは見事に演じて私たちに語って下さいました。
 無学で、文字の読み書きも出来なかったセキ……それでも彼女の子どもたちに寄せた純粋な愛は、多喜二の命を奪ったあの時の不当な社会への怒りともなって、彼女を大きく成長させもしたのでした。
 そして、その人生の最後の時を、一人のクリスチャンとして静かに迎えたセキ…。
 そんな 人に向けたセキの無償の愛に彩られた一生を、寺島さんは見事にその演技で私たちに語ってくれたのでした。
 2月から全国、そして東北では5月から始められる「母」の上映。 皆様方のおいでを心よりお待ち申し上げております。

a0335202_11165798.jpg

山田監督と


[PR]
# by cinema-tohoku | 2017-01-25 11:51 | 映画 | Comments(0)

 新年あけましておめでとうございます。

 正月の松も取れようとする時に新年のごあいさつとは、何とも間の抜けたことになってしまいました。

 何かとバタバタしておりまして、新年のごあいさつが遅れましたことをお詫び申し上げます。

 一年が超特急で過ぎて行き、又新たな年が巡って来ました。

 昨年を振り返ってみて、今はやりで漢字をあてるなら、それは迷うことなく「忍」でありました。

 昨年は、私たちシネマとうほくにとって極立って困難な日々が続き、まさに、来るべき春を信じて耐え忍んだ一年でした。

 そして新たな年明け・・・・幸い、今年は久し振りに有望な作品が並び、大きな期待を抱かせる年明けになりました。

 今年、私たちが先ずもってお届けする作品は「母」。

 三浦綾子さんの原作を、84歳の年齢を数えることになった山田火砂子さんが監督、小林多喜二の母親役を寺島しのぶさんが演じる作品です。

 世界全体を覆う閉塞感が、新たな右翼的潮流も引き寄せ、未来に向けて漠たる不安を感じざるを得ない昨今、平和を願い、来るべき明日を信じて29歳の短い人生を駆け抜けた小林多喜二、そして我が子多喜二をひたすら愛し、多喜二の魂と共にその一生を歩んだ母セキの姿は、今日極めて大きな意義を語る作品となったのではないかと思えるのです。

 作品は無事完成を迎えて、東北では5月の塩釜市を皮切りに一斉に公開の準備が始められました。

 そして、本年秋から全国公開の予定となっているのが、私たちも製作に参加する映画「君の笑顔に会いたくて」です。

 宮城県名取市在住の保護司大沼さんをモデルに、子どもたちの輝く未来を願って製作準備中の作品です。

 幸い、地元宮城県では多くの方々のご賛同につながり、3月には製作支援県民運動組織の発足、そして9月から上映スタートの段となっています。

 そして更にその先に、本年秋クランクイン予定で動き出した企画が生まれました。

 詳しい内容は追ってご紹介しますが、この企画は私が、積年の思いを重ねてきたものでした。

 順調に行くなら明年春からの公開となる予定です。

 いつになく、作品が見事に並んだ一年・・・・これが「初夢」に終わらない様に、まさにフンドシをしめて今年一年を頑張る決意です。

 皆様方の変わらぬご支援を心よりお願い申し上げます。

a0335202_12105567.jpg
映画「母」


[PR]
# by cinema-tohoku | 2017-01-16 16:58 | ご挨拶 | Comments(0)